【入山】なるほど、始皇帝は、2000年以上続く枠組みをデザインした。
【出口】はい。加えて『キングダム』自体はエンタメに振り切っていて面白いわけですから、読まない理由がありません。僕は歴史とエンタメは分ける必要があると思っています。なぜなら歴史は学問であり、人の役に立つものですから。先の読めない将来の教材になるのは、過去(歴史)しかありません。
【入山】ああ、なるほど。
【出口】たとえば、大震災が将来再び起こるとすれば、大震災の教訓を学んだ人と学んでいない人では、どちらが助かる可能性が高いか。当然、過去から学んだ人です。そこに歴史を学ぶことの意義があると思っています。ところが歴史物は面白くて売れるから、「安易に物語化」されているケースが少なくない。池波正太郎さんの小説のようにフィクションであると一目でわかるほどエンタメ化していれば別です。しかし、そうでなければ、史実と違ったフィクションが独り歩きしてしまいます。それがやがてはフェイクニュースの温床にもつながる。ですから僕は『キングダム』のような徹底したエンタメから入って、歴史に興味を持ってもらったほうが断然いいと思います。
【入山】なるほど。数カ月に1度、私はマンガ好きのビジネススクールの学生と集まり、毎回1つのマンガをテーマに喋り倒すという謎の飲み会を開いています。そこで、あるとき『キングダム』を取り上げました。だけど、学生の1人は『キングダム』を読んだことがなかったので、当時出版されていた四十数巻を会までに一気読みした。
それで当日、会がはじまってみると、その彼は『キングダム』を超えて、原書の『史記』を読んでいるんです(笑)。出口さんがおっしゃったように、エンタメから入って歴史にハマってしまったようなのです。
【出口】ええ、それがあるべき姿です。入山先生が魅力に感じているのは『キングダム』のどんなところですか?
【入山】私は、嬴政を失脚させようとした秦の政治家・呂不韋(りょふい)が「国家を治めるには貨幣が重要だ」と言ったり、宰相の李斯(りし)が「法とは願いである」と言う場面に痺れます。フィクションとはいえ、作者なりに大きな国家観を示してくれているところに奥深さを感じる。
経営者や起業家にとっては「出世物語」としても読めるのでしょう。主人公の信は、最初は5人の仲間からはじまり、100人、300人、1000人、5000人という集団のリーダーにステップアップしていく。言ってみれば、1万人のメンバーを率いる将軍になるのがIPOであり、上場です。