実際、こんな例がある。知人の若いサラリーマンのS氏が家族を乗せて運転中、路地の四つ角で対向車とぶつかりそうになったときのことだ。男が高級外車から降りてくるなり、
「どこ見てやがる!」
巻き舌で恫喝した。短髪の大柄で、金縁の色つきメガネを掛けていて、いかにも粗暴な感じだった。奥さんと小学生の子ども二人を車内に残し、S氏が応対する。「家族が見ていますし、一時停止義務は向こうにあるので、私も強気でした」とは後日、S氏が私に語ったことだ。
「なんで停まらないんだ!」
と男が攻めてくる。
「おたくが一時停止でしょう」
S氏が踏ん張る。
「てめぇ、オレが停まらなかったって言うのか?」
「停まらなかったじゃないですか」
「それがわかっていて、てめぇはなんで停まらねぇんだ。この野郎、わざと突っ込んできやがったな。てめぇ、ケンカを売る気か!」
「ケンカなんか売ってません」
「じゃ、なんで能書き言うんだ!」
ガンガン押しまくられ、言葉に窮したところで、
「バンパーかすったから修理代を寄こせ」
と難クセをつけられ、その場で5万円を支払ったという。
「妻子が見てますからね。話がもつれて殴られでもしたらみっともないという思いもありますし、相手の言うことも一理あるような気にもなってきて……。早く話を終わりにしようと思ったんです」
と、S氏は言ったものだ。
似たようなケースはいくらでもある。肩がぶつかったとか、飲食店で子どもの足が当たったとか、難クセをつけるネタはいくらでも転がっている。難クセをつけられたお父さんも、相手が暴力を振るってきたのであればともかく、身の危険を感じたくらいでは110番はしにくい。こうしたグレーゾーンのトラブルは、警察が介入しないだけに厄介なのだ。こんなとき、お父さんはどう対処すればいいか。
相手の土俵に乗らないのだ。
「人の顔、なにジロジロ見てるんだ」
という攻めに対して、
「見てません」
と答えたのでは相手の土俵。
同様に、
「なんで停まらないんだ」
「おたくが一時停止でしょう」
「ケンカ売る気か」
「売ってません」
というのも相手の土俵だ。問いかけに答えること――これが相手の土俵なのだ。図式で書けば「Catch→Answer」で、これがまずい。