「離婚家庭」とののしられて、ショックと恐怖に襲われる

メモには、次のように書かれている。

担任は烈火のごとく怒り、それから約1時間にわたって僕がいかに「人としてダメなのか」を怒鳴り散らしながら説いた。(中略)「お前は離婚家庭の子どもだからダメなんだ」僕の中で何かがパアンとはじけて飛んで行った気がする。それ以降はもう覚えていない。
Aさんが残しているメモの一部。

Aさんが幼稚園に通う頃から両親は別居し、小学校低学年の時に離婚した。Aさんは母親に育てられていた。両親の離婚は、Aさんにとって幼い頃からのコンプレックスだったという。

「それだけつらいコンプレックスであったのに、担任に突然そのことをののしられて、ショックで混乱したと同時に、恐怖に襲われて、体が動かなくなりました。それから担任と話すことも、会うことも、怖くてできなくなったのです」

Aさんが担任にののしられて不登校になると、中3の5月に担任が謝罪する場が設けられた。しかし、担任が謝罪しようとした時、同席していた学年主任が謝罪を制するかのように「Aくん、大人がこうやって謝ることの大きさをわかっているよね?」と言ったことで、Aさんはさらに傷ついた。

「言われている意味がわかりませんでした。謝罪をすると言っているのに、この学年主任は何を言っているのだろうと。何も考えられないほど、具合が悪くなりました」

Aさんの症状はこのやりとりで悪化。心因性の腹痛に加え、深刻な睡眠障害にも悩まされるようになった。不登校の原因は学園側にあるのに、中3と高1の時には出席日数が足りないことを理由に転校勧奨を受けた。

自分は教員によるパワハラで登校できなくなり、転校勧奨まで受けているのに、なぜ教員たちは処分もされないのか――それはAさんの素朴な疑問であり、怒りが収まらない理由でもあった。

「このままでは終わりたくない」

Aさんは学校には行かず、高2から予備校に通って、早稲田大学教育学部に現役合格した。それだけ聞けば、Aさんは元々優秀だったのではないかと思う人が多いだろう。しかし、Aさんは高2までは勉強できる状態ではなく、入試直前の模試でも、早稲田大学の合格判定はすべてE判定だったという。

「不登校になって自信を全く失い、自分で自分のことを社会のゴミだと思うようになっていました。それは不登校のまま高校を卒業しても、社会に何も寄与できないと思ったからです。退学させられれば中卒になる可能性もありました。しかし、何もスキルがない僕は、中卒や高卒では生きてはいけないだろうと危機感を持ったのです。それで高2の後半から睡眠障害の治療を本格的に受け始めて、高3から必死で勉強を始めました」