▼齋藤さんからのアドバイス

ビジネス文書の結論の場合、原則的に一般論や抽象論はありえません。というのも、ビジネスにおいては出発点が必ず具体的状況なはずだからです。「わが社の売り上げを伸ばすためには何が必要か」という問題設定はあっても、「日本経済を立て直すにはどうすればいいのか」というテーマで文章を求められる機会は、まずないはずです。

問いが具体的になっていれば、それに対する答えも自然と具体的になります。にもかかわらず抽象論を展開してしまうのは、書き始める前に問題設定ができていないからでしょう。

笑い話のようですが、ベルリンの壁が崩壊したとき、世に出た文章の多くに「東西冷戦が終わった」といった類の書き出しが見られました。確かに、冷戦が終わって社会構造が変化し、それが経済にも影響を与えて、最終的には自社の問題につながるという論も展開できないわけではありません。

しかし、「ベルリンの壁が崩れたから、自社は○○すべきである」という論には飛躍がありますし、誰もが知っている一般的な社会状況を聞かされたところで、それが自分たちの切実な問題として腑に落ちる人はまずいないでしょう。最近では「100年に一度といわれる未曾有の大不況」といった書き出しがこれにあたるといえます。

ビジネスにおける問題は、突き詰めると自分の会社や部署の「利益」になるかどうかです。利益といってもお金の話に限りません。信用を増すのも利益ならば、効率化も利益です。いずれにしても、ビジネス文書には「この文章は何の誰のどのような利益に向けて書いているのか」という意識が必要であり、そこから出発している限り、一般論や抽象論に終始するようなことはないはずです。

技術的な話でいえば、文章に具体性を持たせるには比較を用いるのが有効です。たとえば「うちは営業が弱いのでテコ入れが必要」と書くより、「競合のA社より営業部員が少ない」と比較することで、問題の所在がより具体的になります。

ここで注意したいのは、比較する対象を一般論や抽象論に求めないことです。

「一般企業より営業部員が少ない」という書き方では、本当にそこに問題があるのかよくわかりません。比較対象を具体的にすることで、結論にもリアリティが加わるのです。

明治大学教授●齋藤 孝


1960年、静岡県生まれ。東京大学大学院博士課程修了。専門は教育学、身体論、コミュニケーション技法。著書多数。近著に『坐る力』『1分で大切なことを伝える技術』『若いうちに読みたい太宰治』など。
(村上 敬=構成 相澤 正=撮影)