朝日社説は国側の腹の内を「他の部分の工事を進めてしまえば、引き返すことはできなくなる。設計変更はそれから考えればいい。予算はいくらでもつける。秋には知事選が予定されているので、政府に理解のある候補者を擁立して、県の抵抗を抑えこもう――。そんなふうに考えているのではないか」と推測する。
朝日社説には「我田引水」「屁理屈」の無理がある
続けて朝日社説は「県と県民を裏切る行いは、これまでもくり返されてきた」と書き、「13年に前知事から埋め立て承認を受けた際、政府は海域のサンゴや海草、希少種の藻を事前に移植すると言っていた。だが守らないまま工事に着手。さらに、来月にも海への土砂投入を始めると表明している。資材の運搬方法についても、陸路を経由させて海の環境を保護する、との約束はほごにされた」と指摘する。
そのうえで「権力をもつ側がルールや手続きを平然と踏みにじる。いまの政権の根深い体質だ。これでは民主主義はなり立たない」と主張する。社説としてはかなり大胆な筆さばきだといっていい。
そもそも埋め立て承認は前の知事の仲井真弘多氏が5年前に行ったものだ。それを2014年の沖縄知事選で仲井真氏を破った翁長氏が承認を取り消した。ところが2016年の最高裁判決では、承認取り消しは違法とされている。
この点について朝日社説はこう言及する。
「安倍首相は『(16年末の)最高裁判決に従って、辺野古への移設を進める』とくり返す。だが判決は、前知事の埋め立て承認に違法な点はないと判断したもので、辺野古に基地を造れと命じたわけではない」
ちょっと待ってほしい。うのみにできない論理展開だ。そもそも司法が「辺野古に基地を造れ」などと命じるはずがない。政権を批判するためだろうか、この指摘には少し無理がある。これでは「我田引水」「屁理屈」と批判されても仕方がない。
朝日社説と読売社説のどちらが正しいのか
一方、移設賛成派の読売新聞はどう書いているのか。
7月28日付の社説で「工事を止めるために手段を選ばない。政府との対立をあおるかのような姿勢は甚だ疑問だ」と書き出し、「政府は来月17日、護岸工事が終わった海域で土砂の投入を開始する。県は、沖縄防衛局から意見を聞いた上で、土砂投入の前に正式に撤回を決める構えだ。工事を中断させる狙いがあるのだろう」と翁長氏の思惑を指摘する。
さらに読売社説は「翁長氏は撤回の理由について、サンゴの移植など環境保全措置が不十分だと主張したほか、埋め立て海域の災害防止の協議に政府が応じない、と批判した」と書いたうえで、こう主張する。
「政府は、希少なサンゴについては移植の準備を進めている。県との協議も定期的に行っている。県の主張は一方的ではないか」
朝日社説の指摘や主張と真逆である。朝日社説と読売社説のどちらが正しいのだろうか。
環境保全措置は十分なのか、不十分なのか。サンゴの移植はやるのか、やらないのか。今回、2紙の社説を読み比べていると、頭の中が混乱してくる。結局、朝日に言わせれば「環境保全が不十分」であり、読売に言わせれば「環境保全は十分」ということなのだろう。この点を判断するには、「政府は具体的にどんな環境保全措置を講じたのか」という事実に立ち返る必要がある。