【片山】裏を返せば、彼はマルコフ連鎖理論と偏微分方程式を用いた意思決定で総理にまで上り詰めたわけでしょう。彼が突発的な変化や刹那的な決断に強い政治家だとすれば、90年以降の流動化する政界だからこそ通用したとも考えられる。政界も天気予報で言えば突然の大型竜巻やゲリラ豪雨が襲ってくるような混乱状態だったでしょうから。

3・11の中心にいたら、すごい仕事をした可能性がある

でもタイミングが悪かった。もしも3・11で彼が中心にいたら歴史に残るすごい仕事をした可能性がありますね。前例のないマグニチュード9と原発事故に対して、既成概念を取っ払った非常に有効な手を打ったかもしれない。

【佐藤】確かに鳩山は論理的に決断できる政治家でした。しかし本格的な学者は、理論に縛られるから政治家に向いていない場合があるんです。

安倍政権も“マルコフ的”な場当たり対応に見える

かといって論理を無視した現在の安倍政権のような反知性主義集団に居座ってもらっても困ります。ただある意味、安倍政権もマルコフ的ではあるんですよ。直近に起こった事態によって対応を変えているでしょう。

【片山】言いかえれば、場当たり的でその場しのぎの対応、刹那的な言動を繰り返しているだけのように見えます。

【佐藤】16年12月に稲田防衛大臣が廃棄したと語った南スーダンの国連平和維持活動(PKO)に派遣した陸上自衛隊部隊の日報が、数週間で出てくる。これは直近の世論調査だけを見て判断している証拠です。

【片山】17年9月の衆議院解散も野党議員の不倫疑惑や北朝鮮からのミサイルによる国民の不安という直近の状況で決断したわけですからね。非常時、緊急時には刹那的対応が必要になりますが、日常的にそれでは困る。9・11以降の危機の時代に何が必要とされているのか。それは、自民党と民主党、右と左という議論では絶対に見えてはきませんね。

【佐藤】おっしゃるように自民、民主ではなくアジェンダで見るべきでしょう。そうすると平成という時代の分節点が見えてくるはずです。

佐藤 優(さとう・まさる)
作家
1960年、東京都生まれ。1985年、同志社大学大学院神学研究科修了の後、外務省入省。在英日本国大使館、在ロシア連邦日本国大使館などを経て、外務本省国際情報局分析第一課に勤務。2002年5月、背任と偽計業務妨害容疑で逮捕。2005年2月執行猶予付き有罪判決を受けた。主な著書に『国家の罠―外務省のラスプーチンと呼ばれて』(毎日出版文化賞特別賞)、『自壊する帝国』(新潮ドキュメント賞、大宅賞)などがある。
片山 杜秀(かたやま・もりひで)
慶應義塾大学法学部教授
1963年、宮城県生まれ。思想史研究者。慶應義塾大学法学部教授。慶應義塾大学大学院法学研究科後期博士課程単位取得退学。専攻は近代政治思想史、政治文化論。音楽評論家としても定評がある。著書に『音盤考現学』『音盤博物誌』(この2冊で吉田秀和賞、サントリー学芸賞)、『未完のファシズム―「持たざる国」日本の運命』などがある。
(写真=時事通信フォト)
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