しかし、「クリーンディーゼル」という宣伝文句を信じて、ガソリン車より割高なディーゼル車を買ったドイツ人たちは、それがクリーンでないということがわかったあとも何の補償もしてもらっていないし、これからしてもらう予定もない(アメリカのユーザーには補償が行われたのに)。彼らにとっては、フォルクスワーゲンの重役たちのボーナスのニュースは、とりわけ腹立たしかったに違いない。なお、メルセデス・ベンツのブランドで知られるダイムラー社も、去年は、販売数、売上高、利潤のすべてが史上最高だったそうだ。
エリートの偽善のツケを払わされる貧困層
そういえば、ダイムラー社CEOのディーター・ツェッチェは、2015年にメルケル氏が国境を開いた途端、「難民は第二の経済の奇跡となるかもしれない」とメルケルを鼓舞し、その背中を押した人物だ。だが現在、ドイツの最優良企業30社で働く難民の数は、全部合わせてたったの54人。しかも、そのうち50人は、ドイツ郵便が雇用した人々だ。
つまり、難民の労働界への統合など、夢のまた夢なのだ。一方で、これから何十年にもわたってかかる膨大な難民対策の経費は、ドイツ国民のお財布にとって大きな負担となるだろう。
そして、難民の増加で一番打撃を受けているのは、ドイツの低所得者層である。低価格の住居は極端に不足し、難民が賃金水準を下に引っ張るので、労働条件闘争もやりにくい。つまり、難民と貧富の格差という二つの問題は、みごとな相乗効果を生みながら、まさしくドイツの貧困層にダメージを与えている。
だからこそ、ターフェルのような慈善事業が活発になる。しかし、その善意を「ナチ」と呼んで毀損(きそん)するほど、いまのドイツ社会には、日本から見ていると想像もできないほどの大きなひずみが生じているのだ。
作家(ドイツ・シュトゥットガルト在住)
日本大学芸術学部卒業後、渡独。85年、シュトゥットガルト国立音楽大学大学院ピアノ科修了。著書に、『住んでみたドイツ 8勝2敗で日本の勝ち』(講談社+α新書)、『ヨーロッパから民主主義が消える』(PHP新書)ほか多数。16年、『ドイツの脱原発がよくわかる本』(草思社)で第36回エネルギーフォーラム賞・普及啓発賞、18年、『復興の日本人論』(グッドブックス)で第38回エネルギーフォーラム賞・特別賞を受賞。