「2人のマーさん」に憧れる若者たち

Appleの創業者、スティーブ・ジョブズは、かつてシリコンバレーの若者の憧れの的だった。まさにジョブズのように、今、中国の若者に憧れられているのが「2人のマーさん」だ。2人とは、2大IT企業の創業者、アリババのジャック・マーとテンセントのポニー・マーのこと。まだ若いながらも、今や世界で時価総額トップ10に入るほどの会社をつくった。2人とも、連載第2回で紹介したシェアリングサイクル企業に投資している。

米Forbesが発表した“World Richest Tech Billionaires 2018”(2018年IT長者トップ10)。米国のIT企業のトップが並ぶ中、テンセントとアリババの二人の馬(マー)氏がランクインしている。

連載第2回、第3回と、シェアリングビジネスの圧倒的な普及を見てきてわかるように、中国には人口と経済成長ゆえ、世界規模の会社を短時間で生み出す市場が存在する。また、シリコンバレーのように人やお金のネットワークがそろう北京や深センといった都市部もあるため、アメリカなどの海外留学を経た優秀な若者が、自分も「2人のマーさん」のように起業して成功を収められるのでは、と憧れるのは自然な流れだろう。

会社の規模を表すのは「時価総額」

このように、起業するのが当たり前であり、起業して成功を収めるのが若者の憧れとなる中国では、企業そのものに対する価値観も違う。

日本では「勤めている会社はどれくらいの規模なの?」と尋ねられたとき、売上高や従業員数を答える人が多い。企業の価値は売上高や従業員数で決まるという意識があるからだろう。

ところが中国では、企業の規模を時価総額(企業価値)で語る人が多い。企業の株価に発行済株式数を掛けた時価総額は、簡単に言うと会社の値段を示す数字である。日本では証券会社や投資家くらいしか時価総額を気にしないが、中国では最近のIT企業の興隆と、シリコンバレー式の経済システムの隆盛により、一般のビジネスマンも使うものだ。

時価総額こそ、会社の価値である。自らが一から会社をつくり、オーナーとして大きくすることを目指す中国人にとって、会社の価値は自分の価値と同一だ。たとえ勤めていたとしても、勤め先の企業価値を念頭に置いている。

中国では改革開放の時期に、元々国有だった土地が借地権として一般市民に与えられ、そこに大きな価値が生まれた。それからまだ30年くらいしかたっていない。日本でいう、明治時代に国営工場が政府から民間に払い下げられ、財閥が生まれたような状況が一方で起こり、同時にもう一方でシリコンバレー流の、資本がないゼロの状態から富を生む仕組みが入ってきた。明治時代とシリコンバレー経済を同時に経験しているような状態なのだ。

こうした“資産を生む経済”が当たり前の中国人にとって、起業がゼロから会社をつくり、1億円の純利益が出ると企業価値が何十億円にもなる、「現代版打ち出の小づち」として認識されるのも無理はない。