国際映画祭で急遽引き受けた同時通訳

『R100』(2013年)は、松本人志さん監督の4作目にして、初めてプレミアム上映が英語圏の国だった作品です。それまでの作品も海外で上映していましたが、いつも英語圏以外のヨーロッパでした。

上映されたのは、カナダのトロント国際映画祭。僕はこの作品の英語字幕翻訳も担当していました。これまでは万が一ウケなかったとしても「イマイチ英語が伝わっていない」と言い逃れができましたが、「ここでウケんかったら100%チャドの責任や」という緊張する場面で、舞台挨拶の通訳も頼まれました。

これまで松本さんと一緒に映画祭に行っても、通訳をやったことはありませんでした。

同時通訳は、翻訳作業とはまったく違います。入ってくる言葉をそのまま流して訳していくので、一個のフレーズが入ってきたらまずその言葉を理解して、脳の中から違う言語でアウトプットする。英語と日本語がリンクしていて、二重人格のような感じで、ほんま頭のおかしくなるような作業を瞬時にやるのです。

僕は通訳を専門にやっているわけではないし、それまではヨーロッパ各国で上映していたので、使う言語も英語ではありませんでした。だから監督がスピーチするにしても取材を受けるにしても、専属の通訳がついてやりとりしていました。

トロントの映画祭のときも、最初はプロの通訳の方がついていました。僕が聞いていても、松本さんの言っていることをちゃんと通訳しているのですが、なぜかウケない。そこで松本さんが「チャド、ちょっと一回、通訳やってくれへん?」となったのです。

ウケたい気持ちが笑いを呼ぶ

通訳なんてやったこともないし、どうしようかと内心ビクビクだったのですが、松本さんの一言一言を訳すたびに、笑いが起きる。プロが訳しても全然ウケなかったのが、僕が訳したら死ぬほどウケたのです。

僕は考えました。「このプロの通訳の人は決してダメではないのに、何が違うのだろう」と。あらためて自分のしゃべりを振り返ってみると、松本さんのちょっとした照れや微妙なタメ、声のトーンをできるだけ反映しようとしていたな、と気づきました。

同じ言葉でも、ちょっと間が空いたり、声色(こわいろ)が変わったりするだけで、印象が変わる。僕のしゃべりには、「通訳するからにはウケたい」という気持ちがあったからじゃないかと思い当たりました。

ウケたいという必死さがあれば、気持ちが言葉にのる。

日本人が海外に出ていくとき、英語が障害になるとさんざん言ってきましたが、そこはテクニックである程度は越えられること。たとえ片言であっても「ウケたい」という気持ちがちゃんとのっていれば、きっと伝わります。

大事なのは、ウケたい、笑わせたいという強い気持ち。日本の芸人ほど、その気持ちが強いコメディアンはいません。だから、日本のお笑いは世界に出ていくべきだと僕は思うのです。

チャド・マレーン
お笑い芸人
1979年、オーストラリア・パース生まれ。高校生の頃に留学で来日した際、日本のお笑いにハマり、卒業後、芸人養成所のNSC大阪に入学。その後、ぼんちおさむに師事。加藤貴博とお笑いコンビ「チャド・マレーン」として活動中。松本人志が監督した映画作品などの字幕翻訳や、芸人の海外公演のサポートなども行っている。
 
(写真=iStock.com)
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