寝るなよ。寝るなよ。絶対に寝るなよ
さて、バッハで少し心穏やかになっても、ドビュッシーで慈愛に満ちても、それでもまだ眠れそうにない夜は、次の曲をオススメしたい。クラシック音楽に興味がない人にも、ぜひ試してほしい方法がある。そしてここから先は、クラシック音楽オタクのみなさまは、読まないでいただきたい。
絶対に寝ないという強い意志を持って、ブルックナー『交響曲第8番』を朝比奈隆の指揮で聞いてほしい。これは、クラシック音楽鑑賞の“ダチョウ倶楽部作戦”だ。「寝るなよ。寝るなよ。絶対に寝るなよ」である。
多くの方がクラシック音楽に興味を持てない理由は、「長すぎる」そして「難しい」ということに尽きる。とくに交響曲は、一楽章から四楽章まで全部聞くと1時間以上かかる。さらにオーケストラで演奏されるので、楽器の種類は15種類以上、演奏人数は通常でも50人以上、多いときは100人を超える人数が演奏している。いっぺんにそれだけの音が押し寄せてくるので、それは大層な情報量になる。それが何を表現しているのかわからないので、難しいと感じてしまう。
そんな人こそ、一つひとつの楽器の音に注意を向けながら、ぜひブルックナーのこの交響曲を聞いてほしい。ストーリーも抑揚もなく、執拗な繰り返しがあり、退屈の中で示す美意識満載のこの曲に、熱心に耳を傾けていただきたいのである。ブルックナーがどんな人なのか、交響曲とは何なのか、そんなことを何一つ調べないほうがいい。朝比奈先生の指揮がどうこうなんていう事前情報収集も、絶対にやめていただきたい。ただただ、目の前、いや耳の横で鳴るブルックナーの8番に対峙するだけがいい。
会議しかり、クラシックコンサートしかり、人間はよく知らないこと、興味のないこと、すぐには理解できそうもないことに囲まれると意識がふっと遠のいて、その情報をシャットダウンできるようになっている。
誰も寝てはならぬ。意識を覚醒し集中して聞くのだ。朝比奈ブルックナーを。コンストラクティブに重なる美意識を、己の脳に刻みつけるように。まずは一楽章を。そして素晴らしい二楽章を……。そしてのち、あなたは気がつくだろう。もう窓の外が白んでいたのだということを。