憲法前文においても「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」という文章がある。前文における「公正」は、英文では「justice」である。9条における「正義」も「justice」となる(ちなみに9条1項冒頭の目的宣明は、2項冒頭の有名な「芦田修正」と同様に、日本の国会議員からなる帝国憲法改正小委員会で挿入されたものだ。だがいずれにせよ、その趣旨は、GHQ草案の時点から存在していた前文の文章と連動している)。

第九条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
Article 9. Aspiring sincerely to an international peace based on justice and order, the Japanese people forever renounce war as a sovereign right of the nation and the threat or use of force as means of settling international disputes.

「justice」という言葉は、アメリカ合衆国憲法の前文に登場する。アメリカ合衆国憲法の前文は、「われら合衆国の国民は、より完全な連邦を形成し、正義(justice)を樹立し……」という文章で始まっている。「正義(justice)の確立」は、アメリカ人民が合衆国憲法を制定した「目的」の一つとして挙げているものだ。合衆国憲法は、国内の平穏を保障して自由を守りながら、「正義の確立」を目指す、と宣言しているのである。

合衆国憲法前文(*4)
われら合衆国の国民はより完全な連邦を形成し、正義を樹立し、国内の平穏を保障し、共同の防衛に備え、一般の福祉を増進し、われらとわれらの子孫のために自由の恵沢を確保する目的をもって、ここに アメリカ合衆国のためにこの憲法を制定し、確定する。
We the People of the United States, in Order to form a more perfect Union, establish Justice, insure domestic Tranquility, provide for the common defense, promote the general Welfare, and secure the Blessings of Liberty to ourselves and our Posterity, do ordain and establish this Constitution for the United States of America.

本来、日本国憲法の平和は、常に「正義」に裏付けられた平和であり、その「正義」は「国際」的に認められているはずの「正義」である。日本国憲法の「平和」を、「正義」と「国際」から切り離して解釈するのは、本来の趣旨からすれば、間違いである。

さらに言えば、英語の「justice」が、「司法」も意味する語であることは、言うまでもない。例えば「正義と秩序(justice and order)」という言い方をした際、狭義で「法と秩序(law and order)」ともかかわる含意もあるように受け止めるのが、当然だろう。日本国憲法前文は、「平和を愛する諸国民の正義(justice)と信念を信頼」すると宣言している。これは、国際的な法秩序を信頼する、という意味であることは、当然だ。

アメリカと日本を結ぶ「正義」

日本国憲法が「信頼」する「平和を愛する諸国民」の筆頭国が、アメリカ合衆国である。合衆国憲法が確立する「正義」を、日本国憲法が「信頼」する、という論理構成が、合衆国憲法と日本国憲法の間に、厳然と存在している。合衆国憲法が「正義を確立」し、日本国憲法が「諸国の正義を信頼」して自国の安全を保持する、という仕組みは、アメリカ合衆国が主導して作成された国連憲章の論理構成でもあり、やはりアメリカ合衆国が主導し、日本の政策当局者が同意した、日米安全保障条約の論理構成でもある。

日本国憲法は、こうした論理構成を、アメリカによる占領統治下で宣言した。そして日本はその後70年間、アメリカ合衆国の「正義」を信頼して、自国の安全を確保してきた。