トランプ側近バノン失脚の舞台裏

トランプ政権はこのような三重の権力構造になっているが、先日、その権力構造の変化を思わせるニュースが報じられた。トランプ大統領が国家安全保障会議(NSC)を再編し、メンバーからバノン氏を外したのだ。NSCはアメリカの国家安全保障に関する最高意思決定機関であり、大統領を議長に副大統領、国務長官、国防長官などが主なメンバーで、今回の再編では1月に除外された統合参謀本部議長や国家情報長官が常任メンバーに復帰した。そこに大統領の懐刀として主席戦略官のバノン氏が1月からメンバーに加わっていたわけだが、バノン氏は安全保障については専門家ではない。大統領選キャンペーン期間中の「メキシコ国境に壁をつくれ」とか「イスラム教徒の入国禁止」といったトランプ陣営の闘争的な主張はバノン氏の仕掛けだが、これは安全保障の問題ではない。実際の安全保障というのはたとえばシリア問題であり、イラクやアフガニスタンの問題であり北朝鮮問題なのだ。

バノン氏はそういうことには興味がない。彼の頭の中にあるのはイスラム国(IS)からアメリカを守ることぐらい。ISとイスラムの区別もあまりついていないような人物だから、イスラム圏7カ国からの入国をまとめて禁ずるような雑駁な大統領令を書く。イラクやアフガンで戦ってきた軍人からすれば、無知もいいところだ。シリア情勢についても「手強いロシアがバックにいるし、ウチの親分はプーチンと仲良くしたいのだから、シリアに関わらないほうがいい」というバノン氏に対して、「IS対策でロシアと共闘する余地を残しながらもアサド政権は叩くべし」というのが米軍人の考え方だ。スタンドプレーばかり追い求めてきたトランプ氏にとって大統領選でかろうじて過激な色づけをしてくれたバノン氏は最大の功労者だ。しかし、トランプ政権の第三層にいる軍人やNSCを構成する安全保障のプロたちからすれば、門外漢にもかかわらず大統領の横でのさばっているバノン氏は排除すべき相手だった。そこで新しく国家安全保障問題担当大統領補佐官に任命されたハーバート・マクマスター氏(陸軍中将)ら軍人たちとウォールストリート出身者が結託して、「バノン追放」を仕掛けた。といってもトランプ大統領に直接訴えるのは怖いから、娘婿のクシュナー氏に働きかけてクシュナー氏から大統領に耳打ちさせたのだ。

もう一人の側近、ナヴァロ氏もすっかり存在感を失っている。反中国派のナヴァロ氏の主張を取り入れた中国敵視政策は、大統領選のキャンペーン中は非常に効果があった。しかし大統領になって習近平と首脳会談を行って握手する段になれば、ナヴァロ氏は政権中枢から遠ざけておかなければならない。習近平とトランプのフロリダ会談ではトランプ氏が(シリアミサイル爆撃など)奇策で主導権を握った感があったが、時間が経つにつれて中国のしたたかさが目立ってきている。北朝鮮に軍事的圧力をかけるよりも話し合いを迫り、ノルウェーでの米朝非公式協議を取りもったり、為替操作国の烙印を押さない状況で通商政策を100日猶予したりする、などトランプ政権からはすっかり対中強硬派のイメージが消えてなくなっている。この状況から、もはやナヴァロ氏の復活はないと見る。

三重の権力構造のうち、二層目が完全に没落して、三層目のプロフェッショナルが側近のクシュナー経由で大統領に影響を及ぼすようになったというのがトランプ政権100日目の姿といえる。

(ビジネス・ブレークスルー大学学長 大前研一 構成=小川 剛 写真=AFLO)
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