家庭ではなく、飲食店から攻略すべき

(3)家庭よりも、飲食店市場を先に攻略すべき

3つめの提案は「どのマーケットから盛り上げるべきか?」という観点です。行政や関係者は、給食で提供したり、アイディアレシピを募集したりと、家庭やそれに近いところに目が行きがちなようです。食に関するブームを振り返ったときに、確かに「食べるラー油」や「塩麹」など、家庭から火がついたものも存在します。

しかしジビエに関しては、牛豚鳥の肉で満足しているであろう一般家庭への普及は、極めてハードルが高いように感じます。それならば、最初に攻略すべきターゲットはむしろ飲食店です。

参考になるのはハイボールやパクチーのケースでしょう。ウイスキーの家庭内消費は年々減少していたものの、立ち飲み屋など都会の一部の飲食店でハイボールがブームとなり、それが全国の飲食店へと波及し、最終的には家庭にも広まっていきました。

パクチーも数年前まではひと握りのファンがいるだけのマニアックな食材だったのが、トレンドを取り入れた飲食店で様々なメニューに登場するようになってから、一気に風向きが変わりました。スーパーでも普通に売られるようになったり、あるいはパクチーを使ったドレッシング商品が発売されたりと、家庭にも浸透していったのです。

ジビエについても、まずは飲食店でもっと使われる姿を目指すべきなのです。イノシシを想定すると、焼き肉店やしゃぶしゃぶ店であれば、すぐに取り組みをはじめられるのではないでしょうか。比較的、調理が簡単な鍋料理では「ぼたん鍋」としてイノシシを食べているからです。焼き肉店でも、豚肉の希少部位を「トントロ」と呼ぶように、イノシシを「ボタン」などと呼んで売り出せば人気が出そうです。こうして「豚肉ではなくイノシシ肉」としての魅力を伝えることができれば、イノシシは一気に身近な存在になる可能性があります。

人間都合の目的だからこそ、きちんと食べる工夫が必要

ここまで「どうしたらジビエはもっと日本人に馴染み深いものになるか?」という点について、3つの提案をしてみました。ただし、こうしたマーケティング視点だけで解決を図ることはできません。

ジビエはそもそも天然物であるうえに、日本では原則として秋から冬にかけてしか狩猟が認められていないため、安定して供給できる体制にはなっていません。また、加工施設や流通の不備もあり、せっかく捕獲した鳥獣を廃棄してしまうケースも多く存在しています。つまり、現時点では需要と供給のバランスが取れていない状況と言えます。

こうした制約を抱えているため、ジビエの価格は決して安くありません。ジビエを身近なものにし、食肉として定着するためには、まだいくつものハードルが存在するのは間違いありません。しかし、農作物被害を減らすという人間都合の目的で野生動物の命を奪うのであれば、せめてそれをきちんといただくことが大切なはずです。ジビエをきちんと食べられるようにする工夫が、今以上に必要なのではないでしょうか。

子安大輔(こやす・だいすけ)●カゲン取締役、飲食プロデューサー。1976年生まれ、神奈川県出身。99年東京大学経済学部を卒業後、博報堂入社。食品や飲料、金融などのマーケティング戦略立案に携わる。2003年に飲食業界に転身し、中村悌二氏と共同でカゲンを設立。飲食店や商業施設のプロデュースやコンサルティングを中心に、食に関する企画業務を広く手がけている。著書に、『「お通し」はなぜ必ず出るのか』『ラー油とハイボール』。
株式会社カゲン http://www.kagen.biz/

(gori910/PIXTA=写真)
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