1980年代後半から90年初頭にかけての「バブル景気」(以下、80年代バブル)は、73年と79年に起きた2度の「オイルショック」の後に起きた現象です。

オイルショックから抜け出そうとしたアメリカは80年代前半、ロナルド・レーガン大統領による景気対策、いわゆる「レーガノミクス」によって景気回復のムードが高まり、日本も対米輸出をテコに景気が回復し始めました。

ところが85~86年、日本は「円高不況」に見舞われます。G5(先進5カ国蔵相・中央銀行総裁会議)での「プラザ合意」により、ドル高修正へ為替の協調介入が実施されたからです。これを受け、日銀は公定歩合を引き下げるなど金融緩和策に乗り出しました。