知日派のウィルバー・ロスが日米関係のカギ

トランプ次期大統領が決まってから、「思わず声をあげそうになる」ニュースを聞いた。

次期政権の商務長官に知日派のビジネスマン、ウィルバー・ロス氏の名前が決まったというのだ。

ロス氏も同じく、ニューヨークに拠点を置くアメリカビジネス界の大物だ。エール大学を卒業後、ハーバード大学でMBAを取得したエリートで、ロスチャイルドに入社して役員を務めたあと、2000年からは自らの投資ファンド会社WLロス&カンパニーを設立。破綻企業の再建を得意としてきた。彼はまた、トランプ人脈の一人とされるルドルフ・ジュリアーニ元ニューヨーク市長とも近い存在として知られる。ジュリアーニ氏は、共和党候補指名争いでトランプ支持を早く表明した一人である。

「知日派」のロス氏。私たちはNHKスペシャルの取材で2度、ロス氏に単独インタビューを申し込み、粘り強い交渉の末に応じてもらったことがある。

1度目は、「鉄は国家なり」といわれた鉄鋼メーカーのグローバル競争・買収や合従連衡がし烈さを増した2007年、突如世界のトップに立ったインド出身の鉄鋼王ミタルと、そのミタルの買収を防ごうと動く当時世界2位の新日鉄の攻防を追った番組だった。ロス氏は、ミタル社の社外取締役としてインタビューに答えた。アメリカの鉄鋼メーカーを次々買ってミタルに売り、野心家の大富豪・鉄鋼王が目指す世界制覇の、いわば参謀役をつとめていた。

2度目は世界経済を奈落の底に突き落とした2008年の金融危機、リーマンショックの直後、窮地に追い込まれた日本とアメリカの自動車産業を追った番組。ロス氏は、トヨタなどにインパネと呼ばれる部品を供給する自動車部品メーカーを買収した。ロス氏は「買収を世界各地で進めて世界規模の「グローバル・サプライチェーン」をつくり、業界を牛耳っていくのだ」と構想を語った。未曽有といわれた金融危機、それが引き起こす事態を冷静に分析し、「ひとより早く動けた者が大儲けする」と胸を張っていた。新日鉄の買収も自動車業界再編もロス氏の思い通り完遂したわけではないが、それぞれの買収劇で、ロス氏がそれこそ我々庶民が目をむくような利益をあげたことは想像に難くない。

『牛肉資本主義』(井上恭介著・プレジデント社刊)

「ウォール街」に代表されるアメリカ型資本主義の総本山でまさに生き馬の目を抜きながら富を膨らます「『一流の』ビジネスマン」たちが、アメリカの政治の中枢に乗り込んでいくことの意味、その衝撃が露わになってきた、ということではないか。これまでも、政権の中枢にウォール街の大物が入ったことはある(クリントン政権でのゴールドマンサックス出身のルービン財務長官、ブッシュ政権での同じくゴールドマンサックス出身のポールソン財務長官など)。しかし今回は質的に違うのではないか。「むきだしの資本主義の論理」がアメリカを動かしていくことになるのではないか。

私たちのインタビューに高齢を感じさせない鋭い眼光で戦略を語ったロス氏の迫力、狙った獲物を逃さない嗅覚と素早い行動力を、改めて思い出している。

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