液晶テレビの転換点は2005年

日本企業の多くは、既存顧客を満足させる持続的イノベーションは得意ですが、破壊的イノベーションにはなすすべもなく打ち負かされてしまいます。なぜでしょうか。

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2種類のイノベーションの状況

図は、縦軸に既存製品の主要な顧客が重視する性能を、横軸に時間の経過を取ったグラフです。赤い点線は、主要顧客が求める性能の水準を表しています。例えば、自動車の中には最高時速400キロの性能を持つものがありますが、ほとんどの人はそこまでの性能を必要としません。また、最近4Kテレビが販売されていますが、4Kの性能を楽しめるコンテンツはまだわずかしかないため、多くの人はまだフルハイビジョンテレビで十分だと考えるでしょう。

このように、顧客が求める性能には利用可能な上限があり、その上限はユーザーの能力やインフラの整備状況、法制度などによって制約されているため、時間がたっても変化しないか、変化してもゆっくりとしか上昇しません。

一方、技術者は真面目なため、放っておくとひたすらある指標での性能向上を追求します。その結果、ある時点で、主要顧客が必要とする性能を超えてしまうことが起こります。性能向上が主要顧客の要求水準を下回っている間は、高性能化=高付加価値化の等式が成り立つ「持続的イノベーションの状況」です(グラフの左側)。この状況では、実績のある既存企業は「既存顧客の要求に応える」という強力な動機があり、勝てるだけの資源も持っているためほぼ必ず勝ちます。ところが、性能の向上が主要顧客の要求水準を上回ってしまうと(グラフの右側)、これ以上いくらこの性能を向上させても、顧客は価値の向上を感じられなくなる「破壊的イノベーションの状況」に陥ってしまいます。

日本の家電にも、この「イノベーションの状況」の変化が起きたといえます。液晶テレビを例に説明しましょう。

液晶テレビには、画面サイズ、応答速度、視野角、解像度、コントラスト比などの性能指標があります。登場したばかりの頃は、いずれの性能も一般の消費者の求める水準に達しておらず、性能を上げれば上げるほど顧客が感じる満足度も上がっていく「持続的イノベーションの状況」にありました。

しかし、05年頃には多くの指標において一般消費者の要求を満たす性能が実現し、その後は性能をいくら高めても、ユーザーにとってはあまり価値の向上が感じられない「破壊的イノベーションの状況」になりました。こうなると、性能面での差別化が困難となり、1インチ当たりいくらといった価格競争に突入します。液晶パネルや半導体産業のように、大規模な設備投資が必要でグローバルに取引される商品の場合、国際競争力に最も大きな影響を及ぼすのは、実は為替レートなのです。08年以降、円高とウォン安が同時に進んだため、日本国内で液晶パネルを生産していたシャープやパナソニックなどのメーカーは、性能面では差別化できず、価格面では韓国などのメーカーに太刀打ちできない、大変困った状況に陥りました。

このように、液晶テレビを取り巻く状況は、00年代半ば以降「破壊的イノベーションの状況」へと変化したにもかかわらず、日本のメーカーは「持続的イノベーションの状況」のときと同じようなマネジメントを続けていたために競争力を失ってしまったのです。