なぜ転職先のマイナス情報を伝えるのか

これまで、ヘッドハンティングといえば、多くは企業のエグゼクティブ、執行役員クラスか、少なくとも部長以上でした。当社の候補者もそうですが、バブル経済崩壊後の労働市場の変化、すなわち企業側の採用戦略の見直しで、より幅広い年齢層がヘッドハンティングの対象になっています。

弊社に依頼のある案件は、待っていても採用ができない人材、すなわち求人サイトや公募等で顕在化しない人材が対象となっています。「現在、第一線で活躍中の方をヘッドハントしてほしい」というクライアントの依頼に従ってサーチし、候補者となる方にお声掛けしますが、潜在的な転職意志の無い方や、満足してご活躍されている方を説得するということはありません。弊社の「引き抜きはしない」というポリシーに反するからです。我々は、次のご活躍のステージを提示するのです。

もちろん、ハンティングの対象人物は、在籍企業のライン役職に就いていなくても、特定の分野ですぐれたスキルを持っていれば採用したいという大手・中堅、ベンチャー企業も増えてきました。いうまでもなく、どちらの場合もミスマッチなどの失敗は可能な限り排除しなければいけません。それだけに、依頼してくるのが、どんな企業かは気を遣います。

当社でも調査会社を活用するとか業界に精通した外部の協力者に情報を提供してもらっています。経営者の経歴や社員の傾向、ここ数年間の業績推移、会社の沿革、資本構成、取引先などを調べたうえで、候補者を紹介してもいいかどうかを判断するのです。この段階で、その会社がブラック企業かどうかもおおよそ掴めます。

企業というものは外見は順調そうに見えても、どこでも多かれ少なかれ問題を抱えています。会長が第一線を退いても実権を握っている。社長と専務がそれぞれ派閥を持ち、社内にまとまりがない。そのため、朝令暮改の指示が繰り返されるなど、組織ではよくある話です。

その企業とのつき合いが長いと、自然にそういう情報は入ってきます。私はそういったマイナスイメージを与えそうな事柄も企業との面談の前には候補者に伝えています。組織内の問題点、とりわけ人間関係に属することは通常、面談の際、企業は候補者には話しません。なにしろ当事者なので、それほど問題だととらえていない可能性すらあるものなのです。

転職する人に対して、当社が企業の良いところしか教えないのは無責任でしょう。これまでの経験上、事前にマイナス情報を伝えても、それが原因で転職をやめるというケースは、実はほとんどありません。候補者も長年組織で生きてきた人間です。社内の空気をあらかじめ知っておいたほうがいいと思います。そうすれば、その乗り切り方は自分で考え、行動するはずです。新天地で迷ったり、立ちすくんだりということはないと私は信じています。

武元康明(たけもと・やすあき)
サーチファームジャパン社長
1968年生まれ。石川県出身。日系、外資系、双方の企業(航空業界)を経て約18年の人材サーチキャリアを持つ。経済界と医師業界における世界有数のトップヘッドハンター。日本型経営と西洋型の違いを経験・理解し、それを企業と人材の マッチングに活かすよう心掛けている。クライアント対応から候補者インタビューを手がけるため、 驚異的なペースで 飛び回る毎日。2003年10月サーチファーム・ジャパン設立、常務。08年1月代表取締役社長、半蔵門パートナーズ代表取締役を兼任。
(取材・構成=岡村繁雄)
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