2つ目は、手紙だ。相手に自分の気持ちを伝えたいときは、手書きの文字がいちばん。たとえば、社員が初めての海外駐在に行くとき、私は敬愛する松下幸之助の本と一緒に、必ず自筆の手紙を渡すようにしている。入社数カ月目でいきなり「拠点をつくってこい」と1人で海外に行かされるのは、当社では決して珍しいことではない。もちろんその能力があると踏んで送り出すのだが、それでも慣れない環境で力を発揮するのは至難の業だ。
なかには成果を挙げる前に、精神的にまいってしまう者もいる。しかし、戦後日本の繁栄を築いた先輩たちも、みな同じような経験をしてきているのだから、なんとか乗り越えてほしい。そんな私の思いを託すには、メールではなく手紙でなければならない。
私の郷里・山口県出身の偉大な先輩、吉田松陰も筆まめだったそうで、門下生らに送った大量の手紙が残っている。ことあるごとに高杉晋作や久坂玄瑞といった人たちに手紙を書いては、気持ちを鼓舞したという。そのことを知って以来、私も部下への手紙を松陰先生になったつもりで書いている。
経営者の本を読んで、この人に会いたいと思ったときも、すぐに手紙を書くことにしている。必ず会えるとは限らないが、手紙を書いたおかげで、何人かの人と面会できた。
たとえば和田一夫・元ヤオハン代表である。国際流通グループといわれたヤオハンだが、最後には破綻してしまったので和田氏もいまは「過去の人」扱い。とはいえ、一時はアジアで大成功を収めたのは確かであり、著作にも、参考になる話がたくさん書かれていた。そこで、「自分もアジア進出を目指している。ぜひ直接話を聞かせてほしい」という内容の手紙を送ったところ、会ってもいいという返事が届いた。熱海のご自宅まで会いにいくと、和田氏はたいへん喜んでくれ、中国をはじめとしたアジアへの進出時の生々しいエピソードをいくつも披露してくれた。
本を読めばある程度のことはわかるが、私が知りたいのは、血が流れるようなリアルなやりとりの最中に発揮される、その経営者の真の凄みの部分である。だが、そういう話は不特定多数の読者を対象とした本にはなじまないためか、なかなか表には出てこない。会って聞き出すしかないのである。それには手紙を書くのがいちばんだ。