陰陽のバランスを取り戻すために
現代の経営は度を越した能率・効率の追求により、戦争以上に人の心を痛めつけていると私は思う。敗戦直前の昭和19(1944)年9月まで私は東京で育ったが、当時の人はみな大らかだった。戦争中よりもむしろ、戦後に進んだ経済の効率化が人の心を踏みにじって壊してしまい、犯罪や病気などの問題を引き起こしているのではないかと思う。
だから私は、あえて非効率であっても、人の心を穏やかにするために掃除を始めた。会社を起こした昭和30年代当時、自動車関連の社屋はみんな汚かった。私の会社もそうだった。だからいちばん汚いトイレの掃除から始めて、バラックの社屋をたった1人で徹底的に掃除した。
自分で掃除するだけなら、生産性はとくに上がらない。むしろ非効率だ。当時は「経営者なら、掃除をするより経営に専念したらどうか」といわれた。
嘲笑され、激しい抵抗を受けたこともある。私が掃除をしていても、社員は誰一人手伝ってくれなかった。
そのころに読んだ、ドイツの哲学者アルトゥール・ショーペンハウエルの本に次のような意味の一節があった。
「何ごとも成功までには3段階ある。第1段階、人から笑い者にされる。第2段階、激しい抵抗と反対に遭う。第3段階、それまで笑い者にしたり反対したりした人たちが、いつの間にか『そんなことはわかっている』と同調するようになる」
なるほどこれだと思い、1人で掃除を続けた。10年を過ぎたころから、社員が1人2人と手伝ってくれるようになった。20年で全社員が掃除に参加するようになった。業績もどんどん向上した。私の母は「悪いことは汚いところから起きる」と教えてくれたが、そのとおりだ。掃除を続けていると、掃除をしている人の心が澄んでくる。心が澄めば、いろいろなものがよく見える。他者への気遣いも当たり前にできるようになる。そういう社員が増えれば、会社は自然とよくなる。