甘利明・TPP担当相(当時)の閣僚会合の相手だったフロマン・米通商代表部(USTR)代表は、日米最大の対立点だった豚肉の扱いをめぐる協議で、関税撤廃を強く迫るなど、攻めの姿勢が目立った。それは、いわば、「相手を殴りに行く」ことがアメリカ国内でUSTRに期待されている任務であるからだ。超大国アメリカの持っている特別な地位に由来するもので、駆け引きでも、吹っかけでもない。フロマン氏に対しても、交渉で強く出てくる理由について理解できれば、信頼関係を結ぶことができる。実際、大筋合意に達した昨年10月5日、交渉参加12カ国の閣僚会合が行われた米アトランタの一室で、甘利氏とフロマン氏がしっかり握手し、互いの労をねぎらったのは何よりそれを物語った。
交渉担当者同士の間で、信頼関係が結ばれていれば、膠着状態になったとき、「頭の体操」で打開策を模索することもできる。交渉で合意が実現できなかったとき、いったん持ち帰ると、次回はどちらか一方、もしくは両方とも逆により厳しい対応が出てくる可能性がある。決着できなかったのは、そもそも相手に協力し合って合意を形成しようとする気がないからで、こちらを徹底して追いつめるような動きに出るのではないか。ならば対抗しなければという疑念が生まれるためだ。
そうならないよう、当初予定していた合意に至らなかった場合、できるだけその場で打開の道を探る。このとき、公的な立場を超え、一つの個人的な自由な発想で、「仮にこういう条件であればあなたはどこまでできますか」という議論をすることで、次の道が開ける可能性が出てくる。交渉が難しければ難しいほど、「頭の体操」をしながら共同作業ができるよう、互いに相手を理解し合い、信頼関係を結ぶことが大切なのだ。ところで、日本はTPP交渉には2013年7月に12カ国中、最後に参加した。アメリカに次いで経済規模が大きい日本が加われば、交渉はより複雑になり、合意形成はさらに難しくなる。甘利担当相の基本方針は「できないことは明確にできないと伝える」が、同時に「できることは最大限努力する」というものだった。そのため、政府対策本部には各省庁から意欲が高く、能力も優れた精鋭が集められた。では、日本にできることは何か。われわれが進んで行ったのは、自分たちの問題に直結しなくても、交渉参加国の第3国間の課題について、解決に向け相談に乗り、協力することだった。