例えば、TPPは関税をすべて撤廃するのが原則だ。そのため、交渉では日本の多くの農林水産物が関税撤廃の対象となった。ただ、コメ、麦、牛肉・豚肉、乳製品、サトウキビなどの甘味資源作物の重要5品目については、引き続き再生産が可能となるよう除外することが、衆議院の農林水産委員会で決議された。国会での決議である以上、われわれ行政府が変更することも、解釈を変えることもできない。それをありのまま説明し、納得してもらう。

もし、相手がこちらの説明を信用できなかったら、こう推測するかもしれない。「できない」といっているのは、本当はできるはずなのに、単にやりたくないだけか、交渉上の材料として何かと取引するためではないか。ならば、自分たちの要求水準を調整する必要はなく、100%の関税撤廃を求め続ければ、最後は応じるだろうと。こうした不信感を生まないためにも、交渉においては正直に説明し、誠実さを示さなければならない。そこにはもう一つ、大きな意味合いもある。こちらの立場を正確に説明するのは、交渉のテーブルに着いている交渉官に理解してもらうためだけではない。相手の国には、日本の態度について関心を持っている利害関係者が100人も、200人もいる。そういう人たちに対し、今度はその交渉官に、われわれの「できない」という立場を代弁して説明してもらわなければならない。交渉担当者がこちらの説明に納得していなければ、その説明も説得力がなくなる。すると、今度は交渉担当者自身が利害関係者との間で信用を失うことにもなる。

利害関係者の中には、本当は守り続けたい“虎の子”の権利を交渉の場に差し出した人々もいる。本来なら自分が直接出て行って交渉したいだろうが、TPPは政府対政府の交渉なので、総合的に判断する担当者に委ねるしかない。このとき、もし、交渉担当者について信用できなければ、不安を感じ、虎の子ではなく、“猫の子”しか渡さないという事態にもなりかねない。

「できない」と主張するのは合意の妨げのように見えるが、「できない」ことをできるかのようなふりをすることほど不誠実はない。忘れてならないのは、相手の立場を理解し合えば、そこから信頼関係が生まれることだ。大筋合意に至るまで、交渉が難航した日米関係においてもそうだった。