昨年10月、関係12カ国で大筋合意したTPP(環太平洋経済連携協定)交渉。日本は最後まで粘り、不利な立場から交渉全体の主導権を握るようになった。そんな交渉団を支えたのが首席交渉官だ。初めて交渉の舞台裏を明かした。

相手の大風呂敷を一発で見抜くには

交渉というと、駆け引きを思い浮かべる人も多いだろう。例えば、最後は「50」で手を打つつもりで、最初は「500」くらいからふっかける。相手の腹を探り何度か交渉を重ねて妥協案を見いだすのだ。しかし実際の交渉現場では相手も準備しているから、法外な要求だとわかり、こちらには真面目に交渉を行う考えがないのではないかと不審を抱かれてしまう。次にこちらが「100」に下げても、相手はまだ何か裏があるのではないかと疑い、結局、交渉はまとまらず、「50」もとれなくなってしまう。

本当に交渉をまとめようと思ったら、こうした駆け引きは百害あって一利なしだ。交渉で合意を見いだすには何が大切か。私が政府対策本部の首席交渉官を務めたTPP(環太平洋経済連携協定)締結交渉を例にお話ししよう。

内閣官房TPP政府対策本部首席交渉官 鶴岡公二氏●1976年東京大学法学部卒業後、外務省入省。外務審議官などを歴任し、2013年に現職。世界貿易機関(WTO)の協定締結交渉など日米間の各種交渉で政府代表を務めた。4月より駐英大使に着任する。

全30章からなるTPPは経済活動だけでなく、知的財産、環境、労働など多岐多様な問題を含んで範囲が広い。しかも、参加国は12カ国と多く、まとめていくうえでの難しさがあった。ただ、TPP交渉の特徴は、参加国がどこからか強制されて交渉に参加したのではなく、自ら希望し、各国に認められて参加したことにあった。そのため、健全な経済の共同体をつくることを目的に、交渉によって成果を導き出すという前提は共有されていた。その点ではビジネスなどで行われる一般的な交渉とも共通しているといえよう。

交渉は、どのようなものであれ、基礎的なところから始めなければならない。その最も重要な基本は、「相手を知り、己を知る」ことにある。まず、相手の立場を明確に理解する。その際、徹底して追求しなくてはならないのは、「なぜそうなのか」という理由だ。すべてのことに理由があり、相手も理由がないことはいわないからだ。