学歴は社会に出たら忘れていくものです

1989年に修士課程を修了後、博士後期課程(現代経済学専攻)に進み、92年に単位取得退学した。その年に、福島大学経済学部助教授に就任。27歳のときだった。父は喜んでいたようだ。

「知人などには、和人が福島大で職を得たと話していたようです。研究者になることを、父も望んでいたみたいですね。福島大では、人間関係にも研究環境にもとても恵まれました」

2000年から01年は、カナダのビクトリア大学経営学部で客員研究員もした。02年に、中央大学の専門職大学院国際会計研究科教授に37歳で就任する。03年、38歳で博士号(京都大)を得た。

最近は、英語で論文を書き、学会では英語で発表し、スピーチなどもする。台湾の大学からまねかれ、日本のアパレルの小売チェーンのビジネスモデルについての特別講義を英語で行った。

「私は、学歴でベネフィットを得たことがないのです。その都度、新しい知識や能力を獲得し、自分を高めようとしてきました。この目的意識こそが大切だと思います。学歴は、社会に出たら忘れてゆくべきものです。月日が経つごとに、その人の評価とは関係がなくなっていくものです。

人の能力は、多様です。日本はその評価軸が少なく、多様化しているとは言い難いのです。最近は、それが変わっていく傾向があります。私は、そのような動きに期待しています。私は、自分が成功しているとは思っていません。受験などに強い人などと比べると、頭の回転は鈍いですから……。私は、好きなことをじりじりと粘り強く考えていくから、研究者には向いているのかもしれませんね。鈍い斧みたいなタイプなのです(笑)」

磯村家が中学校の管理教育と闘う日々や、磯村兄弟の独学の方法をまとめたのが、亡き父の著書『奇跡の対話教育』である。

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