米中は一触即発の危機だけは巧みに回避
――中国の戦略の核心にあるのが「勢」だと書いている。その意味では、諸葛亮はあえて勢いのある魏との直接対決を避ける戦略をとったと。
そうだ。ソ連からの攻撃に備えて、アメリカという切り札をどう使うかを考えたはずだ。その結果、まずアメリカを味方につけることを選択した。すなわち、アメリカの「勢」で、ソ連の「勢」を牽制するというわけだ。有名な『孫子』には「敵の操縦に長けた人々は、敵が従わずにいられない状況を作り出して、敵を動かす」とある。結果として、ソビエト連邦の崩壊が早まったことは歴史が証明している。
実はこの間、アメリカと中国は綿密に協力し合ってきた。なかでもトウ小平は、彼の外交方針として改革開放を打ち出し、文化大革命によって荒廃した国土に4つの経済特区を指定することで経済成長を促した。それをアメリカは、他国との摩擦を避け、経済建設に専念する施策だと理解し、最恵国待遇での援助を続けたのである。いってみれば、トウ小平は、アメリカから強力な支援を取り付けることに最も成功した共産党指導者だったと考えてさしつかえない。
――文字どおり、中国は身を低くして「覇」になる機会をうかがっていたわけだ。しかし、ここに来て、南シナ海での人工島建設など強い姿勢に出てきた。
10月下旬、南沙人工島12カイリの海域に、米国イージス駆逐艦が航行したのは記憶に新しい。とはいえ、この問題は3年前にさかのぼる。構造物の建設が、その頃にはじまったのだが、黙認していたアメリカが、今年に入ってから事実を公表した。6月にカーター国防長官が、フィリピンで中国に対し、建設の中止を要望している。中国側は「近々やめる」と返答したものの実行はしなかった。
こうした状況下で9月25日にワシントンでオバマ大統領と習近平国家主席の首脳会談が行われた。結論からいえば、中国にとっては成功、アメリカが得たものはゼロに近い。もちろん、南シナ海の問題も俎上にのぼった。けれども、習近平は東シナ海を含めた島々の領有権を主張し、共同会見でも「南沙諸島は古来、中国の領土たった」と発言している。さすがにアメリカも、そのまま手をこまねているわけにもいかず、今回の「航行の自由作戦」を実施したのだろう。
ただし、一触即発の危機だけは巧みに回避している。アメリカにしてみれば、この海域に入るための許可を中国に求めるわけにはいかない。そんなことをすれば、中国の領有権を認めてしまうことになる。そこで、アメリカは航行の2カ月ぐらい前から、マスコミを通して「行くかもしれない」という情報を盛んに流していた。それは「アメリカ艦船が航行しても反撃するな!」とのメッセージにほかならず、中国が短兵急な反応をしなかったのも、それが功を奏したからだ。この米艦派遣は、しばらく継続するにしても衝突にはいたらないと見る。