アメリカは中国を過小評価した

――ニクソン政権下での国交回復以来、アメリカは約30年にわたり中国に騙され続けてきたという『China 2049 秘密裏に遂行される「世界覇権100年戦略」』の記述は非常に衝撃的だ。

最大の理由は、対中諜報活動に失敗して、中国という国を見誤ってしまったことだ。朝鮮戦争では、アメリカに敵対した中国だが、1972年のニクソン訪中を機に「遅れている中国を助けてやれば、やがて民主的で平和的な大国になる。決して、世界支配を目論むような野望を持つことはない」とアメリカの対中政策決定者に信じ込ませてしまった。しかし、彼らの本当の戦略はまったく違い、中華人民共和国建国から100年に当たる2049年に世界に君臨する「覇」を目指している。それを私は「100年マラソン」と名づけた。

つまり、私自身を含めてアメリカは、相手を過小評価してしまったのだ。それまで蓄積されてきた反米感情を正しく把握できなかったというしかない。中国とソビエト連邦の関係が、53年のスターリン死後に悪化し、60年代に入ると国境付近で緊張感が高まっていた。そうした状況から、中国はアメリカ寄りだと思っていたところに間違いがあった。

マイケル・ピルズベリー氏
――本によると、中国のタカ派は、国家戦略を古典的な戦術書である『戦国策』や『資治通鑑』を研究して、知識ではなく実践的に練り上げているという。

毛沢東が1934~36年、国民党軍と交戦しながら延安に向かった、あの長征に抱えていったのが『資治通鑑』だ。しかも生涯を通じての愛読書にしている。これは、中国の戦国時代(B.C.403~B.C.221年)の兵法の指南書で、その核になるのは、相手の力を利用して、自分の勝利に結びつける戦法といっていい。戦国時代を統一した秦にしても、最初は「同盟を結びたい」と相手に持ちかけ、それ以外の国を1つずつ倒し、最後は同盟国も裏切って勝者になったのである。

中国は、こうした先例をしっかりと現代の外交に生かしてきた。ソ連とアメリカを反目させることは、その好例といえよう。米ソに比べて国力が劣る中国は、自らの戦略を見直し、アメリカとソ連がデタント(緊張緩和)だったにもかかわらず、「ソ連はならず者国家なので一緒に戦おう」と近づいてきた。超大国2つを競い合わせながら、一方でアメリカから経済的、技術的援助を受けるという"漁夫の利"を狙った実にしたたかなやり方だ。

これはまさに『三国志演義』に描かれている赤壁の戦いの現代版にほかならない。魏、呉、蜀の三国が鼎立していた時代(184~220)、強大な魏の侵攻を警戒した蜀の軍師である諸葛亮が、呉と組んで、魏の大軍を破った。この合戦で、戦いの舞台である長江を挟んで戦ったのは主に魏と呉の軍勢で、蜀はほとんど兵を失っていない。いうまでもなく、魏がソ連、呉がアメリカ、蜀が中国だが、こんなところからも、中国が古来の戦術を徹底して研究していることが分かる。