部下との関係は「話すよりも聞く」

82年4月に麒麟麦酒(現・キリンビール)に入社、神戸支店に配属される。着任すると、すぐに支店長に呼ばれ、神戸の歴史から始めて約2時間、話を聞いた。そこで「麒麟の圧倒的なシェアは、酒類免許の規制の上にあり、いずれ自由化で大手流通の力が強くなり、小売価格は下がる。ビールの主流は瓶入りから缶入りになり、成功体験に引っ張られている麒麟には、そうした変化へ対応できないだろう」と聞き、驚く。衝撃的な内容だが、その後の推移はその通り。瓶入りラガーで強みを発揮してきた基盤が、揺れていく。

1年目は支店の輸送課で内勤。2年目から特販課でスーパーや生協、百貨店などの営業を担当し、主流の特約店や酒販店向けビールを担当する先輩たちを横目に、清涼飲料やチーズを売った。傍流の焦りも感じたが、消費者と直に接している手ごたえがあり、特販課だからこそできた経験だった。

ゴルフ場も担当していたが、ある日突然、取引が他社へ変わる。「嘘だろう。きちっと回り、支配人にもいろいろ提案をしてきたのに」と思い、理由を尋ねたが、支配人は答えない。支店に戻り、課長に「自分は悪くない、ずっと回っていた」と報告すると、聞いていた課長が言った。「布施な、コミュニケーションというのは、受け手に権利があるんだ。いくら通っていい提案をしたつもりでも、最後は相手が選択することだ」。

ドーンと殴られたような気がした。考えてみれば、自分は「ああです、こうです」と一方的にしゃべっていたが、相手はおそらく右から左へと聞き流し、聞いていなかったのだな、と思う。

悪意はなくても、人間は自分を正当化しがちだ。「一生懸命にやっている」「やることはやっている」と、つい自己弁解になる。課長のような指摘は、少ない。そして、失敗のときでなかったら、その言葉も胸に響かなかったかもしれない。その後、「話すよりも聞く」に、比重を置いた。そのほうが、相手の力や足りない点がよくみえる。部下との関係でも同じ。ああせいこうせいと指示を出すだけでは、それがみえにくい。

2014年3月、全国のビール販売を受け持つキリンビールマーケティングの社長に就任、現場の社員との対話を始めた。ここでも分け隔てはしないが、3450人もの世帯だけに、まだ道半ば。でも、いきなり「本社のやり方が悪い」などと溜まっていた不満が噴き出し、課題が次々にみつかる。1月には、開発や製造を受け持つキリンビールの社長を兼務した。

製販2つの会社は、2017年1月に合併させる。無論、どちらの社員とも分け隔てなく、「話すよりも聞く」を貫きたい。この6月12日、全国の部門長を集めた会議で、議題終了後、「ちょっと話させてくれないか」と切り出した。10分ほど話したが、10分は自分では珍しく長い。みんなも驚いていたが、ときにはリーダーとしての思いも、伝えたい。

キリンビール社長 布施孝之(ふせ・たかゆき)
1960年、千葉県生まれ。82年早稲田大学商学部卒業、キリンビール入社。2001年東京支社営業推進部長、03年営業部営業企画担当部長代理、05年首都圏営業企画部長、08年大阪支社長、10年小岩井乳業社長、14年キリンビール副社長。15年より現職。
(聞き手=街風隆雄 撮影=門間新弥)
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