媚びられることが嫌いな顧客もいる

企業が顧客の全体像を捉え、人間として接することができるようになれば、顧客関係から生まれるチャンスが拡大する。「200年前には人口の97%が農業に従事するか、農村に暮らしていた。衣服も、食事も、使う道具もすべて自分で作っていた」と、『The Experience Economy』の共著者、ジェームス・H・ギルモアは書いている。だが、やがて代金を支払って仕事の一部を人に頼むようになった。別の仕事に時間を割いたほうが、収入が増えるから、あるいは別のニーズを満たすための時間が欲しかったからだ。ここに、顧客を満足させる新しい方法のカギが隠されている。

「顧客とは、小切手を送ってくる人たちだ。お金を払いたいと思わせるようなことを提供できれば、すべての人が顧客になりうる。たとえば、物理的な場所であれ、バーチャルな場所であれ、ある時間をあなたの会社と一緒に過ごし、直接触れ合うことができる場所を創造すれば、顧客を獲得できる」と、ギルモアは言う。こうした触れ合い体験は、「技術革新によって破壊された人間関係の一部を修復」する価値を提供できるからだ。

シカゴに本拠を置く、女の子を対象にしたショッピングモール、アメリカン・ガール・プレイスが好例だ。ここでは、場内で行われるライブ公演と豪華な食事をセットにして入場料を取っている。会社の商品でもある人形を使って米国史の名場面を再現した小型テーマパークもある。ギルモアは、ここで売り手と買い手を結びつけているのは親たちの、「子供たちの学ぶ体験、何が尊いかを知ることができる体験を歓迎する」気持ちだと言う。

だが、顧客の欲望は高貴とは限らない、と指摘するのは、北アイルランドのアルスター大学でマーケティングリサーチを指導するスティーブン・ブラウン教授だ。「顧客は模範的人間ばかりではない。マーケティング担当者は彼らに媚びてはならない。彼らに冷たく当たって、すがってこさせることも必要だ」。

企業は、今日の「擦れた」顧客が、言葉巧みな広告や宣伝を醒めた目で見ていることを理解すべきだ。「われわれが相手にしているのは、極めて賢明な顧客なのだ」とブラウンは言う。マーケティングも顧客に合わせて洗練していかなくてはならない、と彼は結論づけている。マーケティングに携わる者は、顧客がうっとりしたいとき、もてあそばれたいとき、「満たされない、耐えがたい欲望でもだえ苦しみたいとき」をその時々で察することができなくてはならない。

顧客が想像力を刺激されたいと思っているならば、定期的に商品を変えたり、神秘的なオーラのある商品やあっと驚くような商品をつくって、顧客の興味をそそり、欲望をくすぐればよい。ほかの人間関係と同じように、顧客関係との活力を持続させるためには、様々な体験を必要とするからだ。だから、顧客に「飽き」の徴候が見られたら、ちょっとスパイスを利かせてみる。欲望は、満たされないときに、いっそうかき立てられるからだ。

ただ、企業は顧客にこうした体験を提供し、顧客の様々な望みを満足させるだけでは、顧客と本当によい関係を築くことはできない。顧客と売り手の間に真の交流が生まれると、顧客は企業を信頼するようになる。そして「日々、信頼されるように行動」し、「失敗したら、それを認める」ことによってのみ、企業は顧客の信頼を繋ぎとめていられるのである。

※参考文献
『The Experience Economy:Work is Theatre & Every Business a Stage』 B.Joseph Pine II and James H.Gilmore(Harvard Business School Press,1999)

(翻訳=ディプロマット)