「悪貨は良貨を駆逐」した金ドル本位制

「悪貨は良貨を駆逐する」のは、このサンマリノ共和国においてのみ起こっていることかというと、そうではない。第二次世界大戦後、ドルを基軸通貨として定めた金ドル本位制(アメリカの通貨当局はドルを金に対して固定する義務を有する一方、アメリカ以外の国の通貨当局は自国通貨をドルに対して固定する義務を有するという国際通貨制度)の下で、ドルが基軸通貨として世界経済において流通していたのも、この「悪貨は良貨を駆逐する」の例だったかもしれない。

需要供給の変化がドルの価値を低下させ、円やドイツ・マルク、金の価値を上昇させた

とりわけ、60年代後半から73年の総フロート制(すべての主要国が変動為替相場制度を採用している国際通貨制度)への移行までの期間においては、まさしく「悪貨は良貨を駆逐」していたのである。

60年代後半、アメリカではベトナム戦争のための軍事費が嵩み、インフレが発生していた。インフレは、物価上昇によってその国の通貨で購入できる商品の数が減少していくことを意味する。このように通貨の購買力は通貨の価値と考えられることから、インフレはその国の通貨の価値を減少させることを意味する。アメリカにおいてインフレが発生したことによって、円やドイツ・マルク(ユーロ導入前にドイツで流通していた通貨)に対して、そして、金に対して、ドルの価値が下落していた。日本や西ドイツの通貨当局は、円やドイツ・マルクを減価するドルに固定する義務を負っていたので、自分たちの通貨も減価させなければならず、アメリカのインフレを輸入せざるをえなかった。

また、アメリカの通貨当局は、金に対してドルを買い支えなければならなかったので、金を売却してドルを買うという介入を続けざるをえず、アメリカの金準備を放出していかざるをえなかった。その結果、71年8月15日のニクソン・ショック、すなわち、ニクソン大統領によるドルと金の交換停止を宣言し、戦後のブレトンウッズ体制がここに崩壊することになった。

このような状況において、相対的に価値の下落しつつあるドルを受け取った者は、それを抱え込むよりはむしろ積極的に支払いに使うであろう。一方、相対的に価値の上昇しつつある円やドイツ・マルク、そして、金は、値上がり益(キャピタルゲイン)が求められるので、保有し、抱え込まれる傾向にあった。このような行動は、ドルに対する需要をさらに減らす一方、供給をさらに増やし、同時に、円やドイツ・マルク、そして、金に対する需要をさらに増やし、供給をさらに減らすこととなる。これらの需要供給の変化はますますドルの価値を低下させ、円やドイツ・マルク、そして、金の価値を上昇させることになった。

ドルを基軸通貨として定めたブレトンウッズ体制が崩壊した後、ドルを基軸通貨とするルールが破綻した。その後でも、ドルは、減価し続ける一方、国際貿易取引や国際金融取引において最も利用される基軸通貨という地位を現在もなお維持している。その謎は、グレシャムの法則に隠されているかもしれない。