疑うだけでは信頼関係は築けない
心臓病に限らず外科治療は、患者さんへの負担が少ない低侵襲手術を目指すようになっています。今回問題になった腹腔鏡手術も、大きな流れの中で言うと、オフポンプ手術と同じように低侵襲手術の一つです。傷が小さく体への負担が小さいはずの腹腔鏡手術で、かえって合併症や死亡が増えたのでは本末転倒ですし、患者さんを実験台にするような治療をすべきではありません。
私自身は、手術中の判断ミスで2人続けて患者が亡くなったときにはメスを置き外科医を辞めると決めています。自分の手に人の命を預かる以上、手術にはそれだけの覚悟で臨まなければいけないと考えています。患者さんの死を確率的に避けられないと初めから受け入れたり、自分の成長の過程と考えたりしている外科医がいるとしたら最低です。
この文章を読んでいただいている皆さんには、そんな外科医の犠牲者になってほしくはありません。命にかかわるような病気の手術を受ける際には、その病院や執刀医の治療成績を確認することが大切です。手術のメリットばかり強調したり、逆に「死」をほのめかして脅かしたり、自分たちのチームの治療成績を説明しないような医師は要注意です。
だからと言って、変に外科医を疑ってかかっては信頼関係を築けないので、命を預けると決めたら患者さんの側も信頼関係を築くようにしたほうがよいと思います。天皇陛下の手術の前には、何度か天皇皇后両陛下にお目にかかって手術の説明をさせていただきました。信頼していただいていると実感したからこそ、自信をもって手術に臨めましたし、持っている力をすべて出し切れたと感じています。
順天堂大学病院副院長・心臓血管外科教授
1955年埼玉県生まれ。83年日本大学医学部卒業。新東京病院心臓血管外科部長、昭和大学横浜市北部病院循環器センター長・教授などを経て、2002年より現職。冠動脈オフポンプ・バイパス手術の第一人者であり、12年2月、天皇陛下の心臓手術を執刀。著書に『最新よくわかる心臓病』(誠文堂新光社)、『一途一心、命をつなぐ』(飛鳥新社)、『熱く生きる 赤本 覚悟を持て編』『熱く生きる 青本 道を究めろ編』(セブン&アイ出版)など。