ガバナンスの改革に挑む理由

同じ釜の飯を食ってきた仲間はもとより、熱い議論を交わして信頼を築いてきたシェルグループの幹部も「香藤は辞めるのではないか……」と内心では思っていたことだろう。とにかく、流れに身を任せるしかない気がした。だが半面で、私には志半ばで辞めることに納得できるのかとの迷いがあったのも事実だ。昭和シェル石油の改革という果たすべき使命を完遂してのリタイヤメントならば、周囲の人たちにも胸を張って勇退できる。

そんな私の胸中を感じ取ったのだろうか。一般病室に移った頃、家内が「あなたが、いつも病院に来てくれるのは嬉しい。でもそのことで、仕事でやるべきことがおろそかになっていませんか?」と聞く。そして「もし、私のことでそれができないというなら、こんなに不幸せなことはありません。私はもう大丈夫だから、あなたの信念に正直に生きてください」と。

私は、さらなる改革に挑むことにした。目的は次の世代にバトンタッチできる体制づくりだ。これまで本社変革推進本部などで取り組んだのがビジネスプロセスのリエンジニアリングだったとすれば、これからはガバナンスの改革ということになる。企業が無理なく世代交代していくには、人事制度のなかに、次世代の後継者を育成する“サクセッションプラン”が埋め込まれていなければならない。そうでないと、往々にして長期政権につながってしまう。

その弊害は、これまでもいくつかの名門企業が実証している。ワンマン経営者が独善的な経営に走り、会社の屋台骨を揺るがしたことは、これまでの企業史が物語るとおりだ。もちろん、当社がそうなる心配はないにしても、それを未然に防ぐ努力はすべきだと考えた。その意味では、副会長という立場は会長へのご意見番といえる。失うもののない私は、正々堂々と会長にも意見具申してきたつもりだ。

そして最近、つくづく考えるのは、引き際の大切さである。有終の美を飾れるか否かは、そこにあるといっていい。

香藤繁常(かとう・しげや)
1947年、広島県生まれ。県立広島観音高校、中央大学法学部卒。70年シェル石油(現昭和シェル石油)入社。2001年取締役。常務、専務を経て、06年代表取締役副会長。09年会長。13年3月よりグループCEO兼務。
(岡村繁雄=構成)
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