「前例がないから」斬新アイデアもボツ
全国の中小企業などの技術・開発の顧問として40年のキャリアを持つ、システム・インテグレーション社長の多喜義彦氏も、国内企業の開発現場の地盤沈下について次のように語るのだ。
「アイデア力が枯渇した最大の理由は、大量生産時代に功を奏したモノづくりの平準化によって、企業が尖ったものをつくるのを避けるようになったことです。わが国はもはや自動化・少量化の技術を駆使した大量生産方式で利益を出せなくなりました。それは中国など新興工業国がそのコスト競争力を武器に世界の工場としてのイニシアチブを握っているからです。にもかかわらず、いまだに過去の手法にこだわってしまう。そうした企業は、開発すべき新しい商品のコンセプトを私が提案しても、『前例がないから』とろくに考えもせずに却下するのです。その社内には独創的なアイデアを持ち、それを商品化したい連中が大勢いるけれど、彼らはほとんど閑職に追いやられているのが実情です」
新しいやり方・商品だから、前例がないのは当たり前。そう食い下がっても、「前例がないのはリスクが大きすぎる」との返事が返ってくるのみ。多喜氏は、前例重視の予定調和の姿勢自体が大きなリスクになっていることを経営者が認識する必要がある、という。
「人材はある。技術もある。でも、儲からない」。そう嘆く経営者に多喜氏は言うのだそうだ。「あなたが悪いんだよ」。脱大量生産で、アジアの他国がつくっていないデザイン性に優れ、少量・異形・低頻度・多品種の商品をつくる決断をしない経営陣こそが停滞の元凶だと、多喜氏は直言するという。
こんなエピソードを聞くと、結局、日本にスティーブ・ジョブズはいない、と思い知らされてしまうのである。
京都大学大学院修了後、通商産業省(現経済産業省)に入省。車、エレクトロニクス、IT業界などに精通。国が95%出資の産業革新機構に出向後、同省を退官。今夏、独立。
多喜義彦 開発の達人
システム・インテグレーション社長。全国の顧問先企業に対し、新事業・新商品開発の提案、知財戦略立案などをしている。著書に『価格競争なきものづくり』など多数。