「もらえたら、もちろん、うれしいですよ」
半導体レーザーは、DVDなどの記録媒体に情報を書き込んだり読み取ったりするときの「針」の役割を果たすが、青色レーザーは、現在使われている赤色レーザーより波長が短いため、単位面積当たりの記憶容量が増える。たとえば、これまで映画1本分しか入らなかったDVDに10本は軽く収容できる。米国の国防省は、発射されたミサイルを発見するため青色LEDやレーザーを用いる計画だ。中村の開発したLEDやレーザーは窒化ガリウムを用いているが、窒化ガリウムはシリコンに代わる半導体材料としてその応用分野の研究も進んでいる。たとえば携帯電話用の半導体だ。
青いホタルを開発した当時の中村は、日亜化学の一研究員。徳島市から車で南へ1時間下った阿南市。人口5万8000人の小都市にある、従業員200人にも満たない小さな会社の研究室から、世界を仰天させる研究成果が生まれたのだ。中村はいま日本人で最もノーベル賞に近い人間と言われている。
カリフォルニア州のサンタバーバラは、米国人なら一度は住みたいと思う美しい街だ。市の中心地から車で30分ほど離れた海沿いに、カリフォルニア大学サンタバーバラ校(UCSB)のキャンパスがある。学生数はおよそ2万人、広大なキャンパスには色とりどりの花が咲き乱れている。
中村はいまここにいる。肩書は工学部教授。一連の研究結果を評価した米国企業数社、プリンストン、UCLA、MITなど有名大学15校ほどからリクルートの手が伸びた。不可思議なことに日本からは1つも誘いはかからなかった。
長時間のインタビューに応じてくれた中村は、最後のほうになって驚くべき言葉を口にした。「ノーベル賞についてどう思うか」との質問に対し、「もらえたら、もちろん、うれしいですよ。それよりは、ベンチャービジネスを興して5年か10年で成功させてみたいのです」と答えたのだ。逆八の字の眉が跳ね上がり、唇をぐっと突き出す。浅黒い精悍な顔が、次のターゲットを虎視眈々と狙っている。