ドットコム・バブルの最盛期だった2000年、識者は口をそろえて「ニューエコノミーの登場により、企業も個人も地理的制約から解き放たれる」と主張した。しかしすでに述べたように、実際には、それとは逆のことが起きている。イノベーション関連の企業が成功できるかどうかは、どのようなエコシステムで活動するかに大きく左右されるのだ。

多くの研究が明らかにしているように、都市は単なる個人の寄せ集めではなく、さまざまな要素が複雑にからみ合っている。そうした環境は、新しいアイデアや新しいビジネスのやり方の創造を後押しする。たとえば、イノベーション関連の企業で働く人たちの間で社交が活発におこなわれれば、学習の機会が生まれ、イノベーション能力と生産性が向上する可能性が高い。聡明な人のそばにいれば、ほかの人たちの聡明さも増し、イノベーションを起こす力も高まるのだ。イノベーションを実践する人たちは、地理的に近い場所に寄り集まることで互いに創造の意欲を刺激し合い、その結果としてますます成功を収めるようになる。このように、ある都市がイノベーション能力に富んだ個人や企業を呼び込むことに成功すれば、その都市の経済が大きく様変わりし、さらに多くのイノベーション関連の人材や企業がその都市に魅力を感じ、そこに集まりはじめる。

私は、貧しい地域が豊かな地域に追いつくことは不可能だ、などと言うつもりはない。事実、世界経済に過去10年で起きた最も大きな変化は、ブラジル、中国、ポーランド、トルコ、インド、さらには一部のアフリカ諸国などの新興国の生活水準が目覚ましいペースで向上したことだ。それにともない、これらの国々と豊かな先進国のギャップが狭まり、世界の所得格差はだいぶ縮小した。この点は喜ばしいことだ。あまり知られていないが、世界規模で見ると、経済的な格差は昔より小さくなっている。格差縮小の実例としては、過去半世紀でアメリカ南部が北部に追いついた歴史も挙げることができる。1960年代、南部の多くの州はアメリカ国内のほかの地域に比べて際立って貧しかったが、その後の数十年間に、ほかの地域を上回るペースで成長を遂げた。

しかしいずれの場合も、追いつくことに成功した地域とそうでない地域があったことを見落としてはならない。オースティン、アトランタ、ダーラム、ダラス、ヒューストンといったアメリカ南部の都市は、南部のほかの都市より急速に成長した。その結果、南部における地域内格差は拡大した。こうした格差は、新興国の国内にも生まれている。中国の上海では、住民1人当たりの所得がすでに先進国に匹敵する水準に達した。学生の共通テストの成績も欧米に大きく水をあけており、公共インフラの質もアメリカのほとんどの都市を上回っている。しかし、中国西部の農村が経験した進歩はずっと小さい。中国全体と豊かな国々の間の格差は縮小したかもしれないが、中国の国内の格差は拡大したのである。