少子高齢化、過疎化、産業衰退など日本の根本的な課題に取り組むときに、かつての私のように頭でしか考えられない人が増えているように感じます。五感を使わずに都会のオフィスで働いていると、生きるリアリティーを失いがちですが、人間には内側からエネルギーが湧き上がる場所があるのです。エネルギーなんて湧いてこないという人もいるかもしれません。そんなとき、頭で考え続けてもうまくいきません。違和感を覚えたら、3カ月に1回でもいいので、雄勝町など震災地にきてください。当たり前だと思っている生活がいかに恵まれているかに気づけますし、人として生きる本質、理屈ではない力が体から立ち上がってくるのを感じるでしょう。
震災地にこなくたってできることもあります。一番身近な人に感謝の気持ちを伝えることです。「震災地のために東京の会社を辞めてきました!」と飛び込んでくる若者がたまにいます。「親孝行はしている?」と聞くと、「してません」とあっさり返される。社会貢献は生きる意味や働く意味を見つける道具ではありません。きっかけの一つにすぎないのです。まず、周りの人の支えになるところから始める。それだけで、内なるエネルギーの存在を感じるきっかけになるはずです。
惣菜・仕出し店を営む母に女手一つで育ててもらいました。子どものためになりふりかまわず働く母の本気の姿を見て育ったのです。今でも深く感謝しています。また、生活保護の恩恵を受けた経験から日本という国に育てられたという意識が人よりも強いと思います。
私たち子どもは幼い頃から母の仕事を手伝いました。納豆の配達もしましたし、近くの海で魚を釣ってさばいて店に納めました。おかげで「食」という縦糸ができて、商社時代から現在に至るまで食に携わり続けています。学習塾などには通いませんでしたが、母に最高のキャリア教育をしてもらったと思います。
自分が生まれた時代よりも後世の社会がよくなったと実感したい。身近な人に感謝しながら、チャレンジを続け、最後に「人生悔いなし」と言い切って生きた時間を終えたい。これが私の野心です。
1969年、仙台市生まれ。伊藤忠商事を経て食品流通会社を設立。退任後、日本の食と伝統文化を発信する薬師寺門前AMRITを運営。震災を機に石巻市雄勝町に移住。産業と教育の2軸で新しい町づくりに従事。