その後もJR九州は、水戸岡デザインを多用しながら、次々と新型列車やリニューアルした車輌を発表していく。斬新でときに大胆ともいえる意匠が次々と列車や駅舎に落とし込まれていった。

たとえば、鹿児島中央駅の駅舎の外装は、従来では考えられない漆黒の黒に塗られた。あるいは、列車の内外装に飫肥(おび)杉を用いて、旧車輌を生かしつつ再生した日南線の「海幸山幸」。駅舎で黒は禁断の色であり、車輌に竹や木材を多用することは、メンテナンスの面で御法度とされていた。


(左)特急「ゆふいんの森」は博多から由布院を通って大分まで走る。景色を眺めながらの食事もできるよう、椅子が配置された「サロンスペース」。(中)「ゆふいんの森」の連結部分。目的地まで楽しく過ごせるよう、自由に動けるスペースを多く取っているのも水戸岡デザインの特徴のひとつ。(右)日南線(宮崎~鹿児島県志布志)を走る観光特急列車「海幸山幸」。台風で廃止となった高千穂鉄道の車両を改造し使用。列車名は日向神話からつけられたという。

 水戸岡デザインの列車の居心地のよさは、展望ラウンジやビュッフェ、座席テーブルなどの設えにある。木材を多用し、食を愛で、人と触れ合うことを至上とする空間を意図してつくっているのだ。新800系をはじめとする新幹線でも、この水戸岡イズムは息づいている。

水戸岡はこう言う。

「食の記憶は強烈なんです。子どもの頃見た景色は覚えていなくても、家族と一緒に旅行したときに食べたお弁当がおいしかったということはいつまでも覚えている。食べ物から情景が蘇ったりする。だから、列車でもテーブルや食べる場所はすごく大事なんです」

いまや、この20年間にわたるJR九州の改革は、他のJRの範となっている。水戸岡を明らかに意識したデザイン車輌も増えてきた。

水戸岡のデザインコンセプトはこうだ。

「僕はいいものを一生懸命真似しているだけなんです。天才であれば、発明みたいな全然違う感覚でモノができるわけだけど。僕の場合、圧倒的に幼い頃に見たお祭りの獅子の赤い色といったものが原型となっている。それを今風に磨いていくという感じなんです」

水戸岡は、「コンセプト」を「概念」とは訳さず、「志」と置き換える。それこそが水戸岡の哲学なのだ。

九州新幹線全線開業を機に水戸岡デザインの新幹線と在来線を乗り継ぐ旅に出てみてはいかがだろう。(文中敬称略)

(川井聡=撮影)