昇進の判断基準は「語る力」
それでは直接経験の中でも、ビジネスの観点から、もっとも付加価値の高いものは何でしょうか。私は、「ともに働くこと」「ぶつかりつつ、決めること」「成し遂げること」の3つが含まれる経験であると考えています。
つまり、ビジネスの現場で多種多様な人々と出会うこと。彼らと議論・討論し、ときには衝突や葛藤を経験しながら、意思決定を行うこと。さらに、それらをともに乗り越え、何かを成し遂げること。ビジネスパーソンとしてのキャリアは、入社当時からいかにこのような経験を付与されてきたか、あるいは獲得してきたかで決まります。若い時期から貴重な経験を積み重ねてきた人とそうでない人では、10年も経てば大きな格差が生まれるはずです。
しかし、誰もが付加価値の高い直接経験を手にできるわけではありません。獲得するためには、経験の持つ3つの特徴を押さえておく必要があるでしょう。
まず第1に、経験とは「資源」であるということ。それは、悲しいかな、全員に均等配分されるわけではありません。将来の見通しを持って付加価値の高い経験へと前向きに取り組み、こなせる人に対し、上司の手によって選択的に配分されるということです。
第2に、経験とは「資本」として機能するという側面があるということ。つまり、付加価値の高い経験を成し遂げた個人は、上司に「あの経験を積んでいるから、これもこなせるだろう」と判断され、さらに大きな経験を付与されます。よく指摘されるように、日本企業では「成果の報酬は、次の仕事の面白さで払われる」という特質があります。たとえば、多くの人を巻き込んでプロジェクトをやり遂げた経験が、より大きな経験を呼び込むための資本として機能するのです。また、そうした経験を通して得た人間関係がきっかけになり、別の新しい仕事へ声がかかる、という可能性もあるでしょう。
第3に、経験によって得られた価値を第三者に示すには、ストーリーが必要であること。どのようなことを経験し、そこから何を得たのか。定期的に内省(振り返り)し、語れるようにしておくことが求められます。
たとえば、就職や転職市場において、面接官が注目するのは資格の有無ではありません。判定の基準は、「この人は当社に貢献できそうか」。そこで必要なのが、「経験のストーリー化」です。どんな業務を成し遂げてきて、このキャリアの果てに、何を目指しているのか。獲得してきた経験やそこから培った能力を、どのように業務に活かすことができるのか。第三者である面接官を魅了し、説得しなければなりません。
先日、ある大手銀行の支店長さんたちに、行員の昇進試験について話を伺う機会がありました。その中でもっとも印象的だったのは、昇進試験での判断材料が「語る力」だということ。自分の仕事の位置づけを客観的に把握し、それを伝える能力が必要だと言うのです。一方、試験に受からない人は、「高い売り上げを達成したことがあります」「お客様と日々接しています」という経験単体でしか、自分の仕事を語れないと言います。経験をストーリー化する能力の差が、その後のキャリアに大きな影響を与えるのです。