僧侶との禁断の愛

大奥女中は、男性と隔離された生活を送り、市中の男と接触する機会もめったになかった。そんな彼女たちの外出先は寺社に限られていたため、お寺参りが彼女たちのいちばんの息抜きになっていた。ところが、その機会を利用して、寺社で好みの僧侶と交わる者が現れた。

寺院のほうでも、将軍家帰依の寛永寺や増上寺といった大寺院は、大奥女中にハンサムな僧をあてがって、大奥への影響力を保とうとしていたようである。

しかし、それ以外の寺院があまりに派手にお女中たちも“もてなす”と、手入れを受けることがあった。たとえば、大奥を襲ったスキャンダル事件として、下総中村村(現在の千葉県市川市)の智泉院と、雑司が谷の感応寺の一件がよく知られている。