MIKIMOTOのグローバル展開

1905年に明治天皇に拝謁したとき、「世界中の女性の首を真珠で締めてごらんにいれます」と豪語した幸吉は、その「法螺」を「ウソ」にしないために、世界戦略を積極的に進めていった。

1937年のパリ万博に出品された「矢車」
1937年のパリ万博に出品された「矢車」(写真提供=ミキモト)

1893年、シカゴでのコロンブス万国博覧会に出展したことをはじめ、1937年のパリ万国博では「矢車」を、1939年のニューヨーク万国博では「自由の鐘」を披露している。後者は真珠を1万2250個、ダイヤモンドを366個使って作られた壮麗な作品である。

世界展開のための「ミキモトスタイル」には特徴がある。ヨーロッパのデザインを、「金工」をはじめとした日本の伝統的な技によって形にするのである。洋の美と和のテクニックの絶妙な融合。素材調達、デザイン、製造、販売まで一貫体制を持つ、世界でも数少ないジュエリーブランドだからこそ、なしえたことでもあった。