日本の戦闘機はタカと戦うツバメのようだった
空襲は1時間経っても2時間経っても終わらない。
14歳の渡部敦子もまた、自宅の防空壕に逃げ、時折、空を見上げた。飛行場を整備する朝鮮人軍属たちも避難してきた。よく家の作業を手伝ってくれる、良き人たちだった。父は分け隔てなく彼らを守るため迎え入れた。
サイレンが鳴った直後、敵機を撃退すべく千鳥飛行場から友軍機が次々と飛び立った。その光景は、戦争を知らない敦子の目には勇ましく見えた。日本は戦争に負けたことがない。だから負けない。
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