現代において「沢山の中から選べること」は、もはや豊かさではなくなった。自宅に誘致したお酒のセレクトショップ「IMADEYA」の社外取締役を務める小島雄一郎氏は「人々は沢山の選択肢の中から最高の一品を選びたいわけではない。『選ぶストレス』から解放されたいのだ」という――。(第1回/全2回)

※本稿は、小島雄一郎『「選べない」はなぜ起こる?』(サンマーク出版)の一部を再編集したものです。

たくさんの商品を前に買い物をしている女性
写真=iStock.com/AH86
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意思決定の労力は重要なことに使いたい

「なんだか最近、意思決定がダルくて……」

とある若者が、ぽつりと言った。

意味がよくわからなかったので、詳しく聞いてみた。すると彼は、コンビニでの日常的なワンシーンを例に挙げた。

「僕は毎朝、コンビニでお茶を買います。コンビニで売っているお茶って、どれもそれなりにおいしくて、ハズレを引いたことなんてないじゃないですか。正直、味の違いも大してわからないし。それなのに毎日、僕は『どのお茶にするか』を選ばないといけない。それがなんだかダルくて。意思決定をする労力は、もっと重要なことに使いたいと言うか……」

周囲にいた若者たちも、彼に続いた。

「わかる、あれマジで無駄な時間だよね。めっちゃモヤモヤする」

これは新しい感覚だなと思った。同時に、妙に納得もした。

たしかに私も、同様のモヤモヤを日常生活で感じていた。

モヤモヤする、という状況を言い換えると「決めかねる」という表現が近い。

今の時代は、モノが溢れている。情報も溢れている。SNSを使えば、多くの人や企業と出会うこともできる。つまり今の世の中には「選択肢」が溢れている。

モノや情報、出会いが少なかった時代は、そもそも選択肢が限られていた。必然的に、選択する機会も少なかった。しかし今や選択肢が山ほどあるので、生活の中で選択を迫られる機会が爆発的に増えている。

際限なく増えている選択肢への判断材料

あなたがお茶を買うシーンを思い浮かべてみてほしい。

緑茶、ほうじ茶、麦茶、紅茶、ウーロン茶、ジャスミン茶、さらにはそれぞれのメーカーやブランドの違い、糖分や添加物の有無、健康促進機能、温かいか冷たいか常温か……。どれを選んでも「まあ、悪くはない」という状況なのに、私たちは毎回「どれにしようか」と頭を悩ませる。

また、そんな選択肢に対する判断材料も際限なく増えている。

日常の些細な選択も、人生の重大な決断も、何かを選ぶ時、私たちは事前に口コミや評判をチェックするのが当たり前になった。

裏を返せばそれは、選択の際に膨大な情報を処理しなければいけなくなったということだ。

現代人は、一昔前に比べて圧倒的に多くの①選択機会・②選択肢・③判断材料に囲まれて生きている。

だから徐々に「選ぶこと」が「煩わしいこと」に変わりはじめている。コンビニでお茶を選ぶ。今夜の飲食店を選ぶ。住まいや就職先を選ぶ。その際の労力が一昔前と今では、比べ物にならないからだ。