そのうちに、先生の状態もだいぶよくなられた。その日も夜遅く相談が終わって、みんなで食事をしたのですが、先生は私のスパゲティまで平らげてしまわれた。食欲もあったのです。先生が命を絶たれたのは、その翌日未明でした。

そういう悲しいことがあっても、日本振興銀行には従業員も顧客もいて、金融庁との交渉もある。自分だけ楽な道を選ぶわけにはいかないと、心を折らず懸命にやってきました。聖書を横に積んで。

こうした特別な事態だけでなく、日常の仕事でも、聖書はいろいろな場面で知恵を授けてくれます。

例えば私が銀行の支店長をやったときには「木が良ければその実も良いとし、木が悪ければその実も悪いとしなさい」(マタイによる福音書・12章33節)というフレーズを大切にしていました。「良い実がなる」ためには、まず良い木をつくらなくてはいけない。良い木をつくるには良い土をつくらなくてはいけない。

支店に置き換えれば、働くみんなが働きやすい環境を整えてやらずに、「あれやれ、これやれ」と口でやかましく言っても駄目。みんなが良い実を実らせることができるように土台をつくるのが、支店長の自分に与えられた仕事、と思って店舗運営しました。聖書の言葉を、良い実がならないのは実が悪いのではなく、マネジャーが悪いからだ、と理解したわけです。

聖書をパラパラとめくれば、「人はパンだけで生きるものではない」(マタイによる福音書・4章4節)というような有名な言葉に出合います。

「おまえは今期の業績が悪いから、ボーナスを下げる」などと言われたときには、「サラリーマンとはいえ、俺はパンだけで生きているわけではない。仕事に対するプライドで生きているのだから、自分は自分の生き方を貫けばいいんだ」と考えてもいいのです。

悩んだら聖書を読む。誰かに教わるのではなく、自分自身で言葉を探す。それが悩みを解決する最善策となる。そんな気がします。

作家 江上 剛
1954年、兵庫県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。77年、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。高田馬場、築地各支店長を経て2003年退行。旧第一勧銀の総会屋事件を収拾し、映画『金融腐蝕列島 呪縛』のモデルとなる。02年に『非情銀行』で作家デビュー。著書に『聖書に学ぶビジネスの極意100』『合併人事』『奇跡のモノづくり』など。
(構成=原 英次郎 撮影=上飯坂 真 写真=PANA)
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