ゲノムが教える「人類大移動」の足跡
【篠田】その後の研究で分かったのは、デニソワ人もまたホモ・サピエンスやネアンデルタール人と同様に、ある段階で交雑しており、現代人にもデニソワ系のDNAが数%ほど伝わっている地域があること。特にオセアニア(パプアニューギニアなど)や東南アジアの一部でその比率が高いと言われています。
【星野】それまで教科書には載っていなかった人類が、突然DNA解析で浮かび上がったわけですね。
【篠田】そうなんです。しかもデニソワ人がどんな姿をしていたかは、指の骨や歯の化石しか見つかっていないので、まだほとんど不明。でもゲノムはかなり読めているという、非常に逆転した状況が面白いんです。
【星野】人類がアフリカを出たのは約6万年前というのが、いま定説になっているそうですね。その後、世界各地に拡散していった経路も、DNAでどんどん解明されているとか。
【篠田】アフリカを出た時期は、ゲノム解析や化石証拠を突き合わせて「6万年前ほど」と考えられています。そこからヨーロッパ、アジア、さらに南太平洋へと展開し、最終的にアメリカ大陸へ到達するまでに何万年もかかった。
私たちが学生のころに習っていた人類移動マップは、いま大きく塗り替えられています。
特に北米から南米の拡散スピードや、オセアニア方面への海洋進出がどれくらい早かったかなどは、古代DNAが集まるほどにアップデートされているんですよ。
北京原人はわれわれの祖先ではない
【星野】私が子供の頃は「北京原人やジャワ原人が、私たちの直接の祖先に連なる」と習った記憶がありますが、いまは違うんですね。
【篠田】それらの「原人」と呼ばれたグループは、ホモ・サピエンス以前に大陸各地へ広がった人類の流れであり、私たちの直接祖先ではないと分かっています。私たちは30万年前くらいにアフリカで誕生し、6万年前に出アフリカを果たしたホモ・サピエンスですから、北京原人やジャワ原人とは系統が異なる。
こうした「私たちの直接祖先じゃない人類」は実は世界各地にいて、それぞれネアンデルタールやデニソワのように、私たちと交雑した集団もあれば、完全に滅んでしまった集団もありそうです。
【星野】人類学にとどまらず、歴史学・考古学・言語学なども、このゲノムの新知見によって影響を受けるかもしれませんね。
【篠田】たとえば考古学で「この石器文化がどこから伝わったか」議論するとき、遺物の形だけでは分からないことがゲノム分析で補強されるかもしれません。言語学でも、人の移動や混血が言語の変化にどう影響したかをより立体的に捉えられそうです。
つまり「ネアンデルタールとホモ・サピエンスが全く交わらなかった」という前提で成り立っていた仮説は、もう根本から崩れました。他の分野も「教科書に書かれた人類史像」を部分的に見直す必要が出てきたと思います。