塗り替えられる日本人の起源

【篠田】そうだと思います。もちろん全員が冒険好きだったわけではないでしょうけど、人口が増えれば、物資やスペースを求めて新しい土地を目指す人々が一定数現れる。狩猟採集時代なら、獲物が減ってきたら他の地域へ移動することもありえますし。

ただ興味深いのは、私たちは「一度行きっぱなし」ではなく、途中で戻ってきたり、周囲と連絡を取り合ったりするネットワークを作る場合が多いこと。そこがただ孤立して移動するだけだった他の人類とは違う点かもしれません。

【星野】こうした大きな人類史像が分かると、日本人の成り立ちや日本列島への拡散過程もより深く説明できそうですね。

【篠田】日本人の起源を語るとき、「縄文と弥生」という枠組みだけを見ても十分に複雑ですが、さらに大きく見ればホモ・サピエンスがアジアに到達する前後の歴史とつながっています。

日本列島に最初に人類が来たのは4万年ほど前と言われますが、それ以前にアジア各地にはネアンデルタールやデニソワの仲間もいた可能性がある。

Homo neanderthalensis 1908年にラ・シャペル・オー・サン(フランス)で発見された頭蓋骨
Homo neanderthalensis 1908年にラ・シャペル・オー・サン(フランス)で発見された頭蓋骨(写真=Luna04/120/CC-BY-SA-3.0-migrated/Wikimedia Commons

ただ、そこと日本列島との間で遺伝的交流があったかどうかは、まだ断片的な研究しかありません。いずれ古代ゲノムがもっと解析されれば、「日本列島にもデニソワ系が入っていた」といった驚きが出るかもしれません。

未知の人類がいた可能性

【星野】今回のお話、「まだ教科書にない人類のルーツ」という言葉が実にしっくりきますね。今後、学校教育の内容も大幅に変わるのでしょうか。

【篠田】いずれ変わるでしょうが、やはり教育課程の改訂には時間がかかります。今の教科書でも「人類はアフリカに起源をもつ」という記述は一般化してきました。でもネアンデルタールやデニソワとの混血の話、ホモ・サピエンス以外にもいろいろいた話などは、まだほとんど触れられていません。

ただゲノム研究の成果が積み重なり、確実になれば、いずれ「人類には多様な系譜があり、複数の人類が交雑していた」というストーリーが一般的に教えられるようになると思います。

進化
写真=iStock.com/altmodern
※写真はイメージです

【星野】最後に、これからの人類学や分子人類学の方向性について、篠田先生がお考えのことをお聞かせください。

【篠田】やはり古代DNA解析が今後ますます盛んになると思います。ネアンデルタールやデニソワが読めるようになったのですから、他に発見される未知の人類だってあるかもしれませんし、現代人の遺伝的多様性や病気のリスクを探るうえでも古代ゲノムは大きなヒントを与えてくれます。

人類がなぜ生き延び、どうやって繁栄したのか──その根本をゲノムという視点から探ることは、医学や農学、歴史学など多くの領域に影響を与えるでしょう。私自身、国立科学博物館の館長として、より多くの標本と研究者が結集し、新しい人類史の姿を追求できる環境を整えていきたいと思っています。

【星野】本日は「まだ教科書に載っていない人類のルーツ」について、大変刺激的なお話をありがとうございました。ネアンデルタールやデニソワのDNAまで入り込んでいるとは、本当に驚きです。これからの研究の進展が楽しみですね。

【篠田】こちらこそ、ありがとうございました。ゲノム研究によって、私たちの起源がどれほど多層的か、ますます明らかになるはずです。ぜひ続報にもご注目いただければ幸いです。

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