「なんで真介ばかり釡場に立つんだよ」とやっかまれた

【北尾】立ったままで殴り書きされた読みづらい文字から懸命な気持ちが伝わってきました。

【真介】帰宅後にそれを清書するんです。自分の字が読めなくて苦労しました。卒業するまでやっていたから何冊にもなりましたが、初心を忘れないためにいまでも大切に持っています。僕の宝物です。

【北尾】真介さんは虎視眈々たんたんと影で練習していたからうまくクリアできたけど、一発勝負で失敗して厨房からお呼びがかからなくなった研修生もいたんでしょうね。

【真介】かなりいたはずですよ。「明日はお前にやらせるから」って予告されるなら準備もできるけど、急にくるから。僕のときも入って二週間で突然、「田内川、やってみろ」でした。ぶっつけ本番で客に提供する麺をつくることができるかできないかの勝負、一度きりのチャンスだと思ったから気合いが入ったなあ。

【北尾】それをモノにしたんですね。

【真介】でも、ほんとうに大事なのはそこから。今度は他の研修生たちにその場を奪われないよう死守しなければならない。少なくとも僕は「絶対に明け渡さない」つもりでした。先に入った研修生からは、「なんで真介ばかり釡場に立つんだよ」とやっかまれますよ。

でも、そんなことはどうでもいいんです。釡揚げはやればやるほどうまくなるんだから。「悔しかったら奪ってみろ。ここに立ってなきゃ一人前になれねぇんだよ」と開き直ってました。

麺茹で
撮影=堀隆弘
厨房内で

【北尾】ほかにも、弱肉強食の世界を勝ち抜くためにしたことはありましたか。

【真介】江戸川橋の先輩たちから、「材料一つにしても、なんでこれを入れるのか、すべてのことに疑問を持ちなさい」と言われたのがためになりましたね。どうしてここに生姜を入れるのか、ネギを入れるのか、すべて理由があるんだと。そこを考えろとアドバイスしてくれたおかげで、どうしてなのかを知ろうとする貪欲さが芽生えました。

【北尾】目標が定まったときの真介さんは、持てる力を最大限に発揮しますよね。このときも短期間で先輩たちをごぼう抜きして、研修生のトップグループに入った。

【真介】たぶん僕は、腹を決めてちゃんとやっているときは結果を出すんでしょうね。どうしようかと迷っているときは、いつもだめなんだと最近わかった。

【北尾】最近までわからなかったんだ。

【真介】迷ったら自重すべし。自分のことだからこそ、なかなか気づけなかったですね。