消費増税でも選挙に勝つことはできる
逆に、野党第1党が「消費増税」を掲げて選挙に勝った例は記憶にある。年金改革が大きなテーマとなった2004年参院選だ。
当時の野党第1党は、岡田克也代表(現立憲民主党)率いる民主党。年金目的消費税を導入して、全額税金による「最低保障年金」を創設することなどをうたい、小泉純一郎首相率いる自民党を改選議席で上回った。当時筆者は新聞記者として民主党を担当していたが「増税を掲げたのに選挙に勝てた」と、党内から驚きの声が漏れていたのを覚えている。
「山が動いた」1989年当時は、55年体制下で政権交代の可能性がなく、野党第1党(社会党)の存在意義は「自民党政権への抵抗」だった。だが2004年になると、小選挙区比例代表並立制の導入を受け「政権交代可能な2大政党」が求められるようになっていた。
民主党は「近い将来に政権を担う」ことに耐え得る公約策定に力を入れるなかで「安心できる年金制度を構築するためには増税も辞さない」方針を打ち出し、選挙に勝利した。
「減税を言わなきゃ負ける」という強迫観念
立憲議員の一部が現在「消費減税」に縛られているのは「減税を言えば選挙に勝てる」というより「言わなければ負ける」ことへの恐怖なのだろう。その源流は、民主党の菅直人政権だった2010年参院選で、菅首相が前年の衆院選の政権公約になかった消費増税に言及し、大敗したことにあると思う。
しかし、あの大敗の理由が、本当に「消費増税への言及」そのものだったのかは疑問が残る。「菅氏が公約にない政策に触れたことが批判された」説に一定の理はあるが、むしろ発言をめぐり党内が政局含みの激しい対立状態に陥り、そんな党の状況に有権者があきれ果てたことのほうが、本質的な敗因だったのではないか。
消費税をめぐる対立の末、民主党はその後、消費増税に反対した勢力が離党。2012年衆院選で政権から転落した。この選挙で分裂後の民主党はギリギリで野党第1党に踏みとどまったのに対し、離党組は新党「日本未来の党」を結党したものの惨敗し、党も消滅した。