「債務ブレーキ死守」を掲げていたが…

ただ、旧議会に座っている議員の中には、当然、先月の選挙で落選した人、あるいは、今後、政界から引退する人も大勢いる。彼らは、自分たちの採決の結果でその後の政治がどうなろうが、一切責任を持つことのない人たちである。

そんな人たちに、次世代までが多大な経済的負担を背負うことになる重要な案件を大急ぎで決定させてしまうことが、真っ当な民主主義に則る手法なのだろうか。いくら合法とはいえ、選挙で新しい議会を選んだ国民の意思に反するのではないかという批判の声は高い。

しかも、国民が唖然としたのは、実はこれだけではない。「債務ブレーキ」を緩和するか否かは、今回の選挙では難民問題と並んで最大の争点だった。そして、CDUは終始一貫、「債務ブレーキ」の死守を掲げ、それを緩和しようとしていた社民党や緑の党と真っ向から対立していた。メルツ氏が支持者の前で“健全財政”を取り戻すことを誓い、「赤と緑の政治(社民党と緑の党の政治)は終わった!」と大声で叫んで支持者の歓声を得ている様子は、あちこちの映像に残っている。

ところが、そのメルツ氏が、選挙が終わったとたんに前言をクルリとひっくり返し、“終わった”はずだった社民党とスクラムを組み、こともあろうに債務ブレーキ緩和に躍起になっている。メルツ首相はその理由として、トランプ氏がNATOと距離を置くと言い出したため、ドイツは急遽、国防の強化が重要案件となったからだと言っていた。本当にそれが理由だろうか?

「裏切り」の準備は昨年から?

今回の選挙結果は、CDUが第1党、AfD(ドイツのための選択肢)が第2党で、3位の社民党の得票はたったの16.4%だった。しかし、「防火壁」なる架空の壁を設けて“極右”AfDを排除しているCDUには、連立相手は社民党しかない。社民党と連立しなければCDUは政権がとれず、メルツ氏が念願の首相になれないことは、誰がどう考えても初めからわかっていた。

なお、現在、一部のニュース週刊誌によると、氏の周辺ではすでに昨年9月、債務ブレーキを外すための算段が立てられ、箝口令が敷かれていたなどという証言も出始めている。これが真実なら、メルツ氏は有権者を裏切る気で、最初から真実ではないことを約束していたことになる。