人間の社会は理性だけでは動かない

教科書的な答えが存在しない時代である。本に書かれていることも、先人の経験談も、そのままでは通用しないということだ。役員は、これまで以上に、緊張感の漲るなかで企業の舵取りをしていかなくてはならない。

そのなかでは、いかなる本も批判的に読むことが大事である。情報や考えそのものを鵜呑みにするのではなく、著者が提示する問題意識や、ものを考えるときの方法論を学ぶのだ。その観点から20冊を選んでみた。

私が中高生のとき親しんだのが『数学物語』から『国盗り物語』までの5冊である。『三四郎』を挙げたのは、西洋的な自立した個への志向と、日本的・ムラ社会的なしがらみとの葛藤が典型的に表れているからだ。私自身もそうだが、ビジネスエリートは概して西洋的な理性や知性に対して共感しやすい。少なくとも経営レベルの意思決定は、かなりの部分が理性によってなされていると思いがちだ。ところが実態は逆で、理性とは遠い政治や情緒によって動くもの。『三四郎』から村上春樹に至る現代小説にはそのあたりの葛藤が描かれており、社会の現実を直視するためのトレーニングになる。

『数学物語』矢野健太郎/角川ソフィア文庫
動物には数がわかるのか? 太古の人々はいかに数を数えていたのか? 数字の誕生からニュートンの仕事まで、数学の発展の様子を楽しく伝える良書。

『三四郎』夏目漱石/岩波文庫
大学入学のために上京した主人公が都会で経験を重ねていく小説。「自立を志向する個人と旧来の共同体との葛藤は日本社会を知る有効な視点になった」。

『ガリア戦記』カエサル/岩波文庫
カエサル率いる古代ローマ軍のガリア(今のフランス)遠征の記録。「カエサルは卓越した理性で人間の現実を見抜いていた。統治することの本質を学べた」。

『ナイン・ストーリーズ』サリンジャー/新潮文庫
『ライ麦畑でつかまえて』で知られる著者による9つの自選短編集。不思議な読後感が心を捉える。「クールでどこか不条理。透明感のある作風に惹かれた」。

『国盗り物語』司馬遼太郎/新潮文庫
戦国時代、一介の牢人であった主人公が美濃国守の腹心となるまでの策謀と活躍を描いた歴史物語。「高校時代に戯曲化を担当して上演した思い出の作品」。