実は「au ID」は、KDDIの携帯電話がなくてもIDを取得することができる。一部のサービスは、ドコモやソフトバンクの端末からも利用できる。通信キャリアの枠を超えて、選ばれるサービスづくりを目指す。それは「土管化」への危機感からにほかならない。
「土管化」とはキャリアの役割が回線の提供に限定されつつある状況を揶揄した表現だ。アップルやグーグルといった事業者が力を持つことで、キャリアが独自に提供する端末やサービスが選ばれなくなりつつある。こうなると通信キャリアは通信回線の品質と価格だけを競うことになる。高橋専務は危機感を隠さない。
「これから端末とネットワークはどのキャリアもほとんど同じになる。差別化を図るためには、ユーザーとの接点をしっかり持つことが重要になってくる」
今後、スマホだけでなくタブレットやテレビ、カーナビなどあらゆるディスプレーが身の回りに増えていく。それらを「au ID」がつなぎ合わせることができれば、KDDIの事業は携帯電話を離れて広がる可能性をもつ。
「スマホが売れると思っていなかった」
田中社長は、一部のユーザーから「田中プロ」という愛称で親しまれている。これは11年7月の新製品発表会で、田中社長が「私はスマホのプロですから」と話したことから始まる。さらに田中社長は記者の前で「自分はオタクですから」とも話す。取材時、自宅の書斎を撮影した動画を見せてくれた。iPhoneの画面には、3面のスクリーンに囲まれた要塞のようなデスクが映っていた。経営トップ自らが「オタク」的なユーザーなのだ。田中社長は「現地現物。何事も自分で感じたうえで判断する」と語る。
こんなエピソードがある。12年9月にiPhone5が発売されたとき、田中社長は山手線の始発電車に乗り込み、新たに対応することになった「LTE」のネットワークをきちんと受信できるかどうか、山手線を一周しながら試した。