一人息子が異国で死んでゆく…耐え難い家族の悲しみ

ロシアへの兵士派遣をめぐり、北朝鮮の兵士らの家族は深刻な不安を抱えている。米政府が運営する国際放送局のボイス・オブ・アメリカが詳しく報じている。

記事によると、元北朝鮮外交官で韓国国会議員の太永浩(テ・ヨンホ)氏は、北朝鮮の出生率は低く、各家庭の子供は1~2人にとどまると指摘。そのため、「両親は自国ではなくロシアを守るために子供が死んだという事実を、到底受け入れることができない」という。

寒い冬の朝、北朝鮮の田舎の畑で働く農民たち
写真=iStock.com/Stephen Anthony Rohan
※写真はイメージです

韓国の心理カウンセリング専門家団体、韓国カウンセリング心理協会のカウンセラー、オ・ウンギョン氏は「北朝鮮に残された家族の間で、何もできない精神的な孤立と無力感が増大する」と分析する。さらに「政権の反人権的措置に対する家族の怒りは、北朝鮮内部で大きな社会不安の引き金になりうる」と警鐘を鳴らしている。

「訓練と何もかも違う」膨らむ犠牲者数の理由

家族の思いとは裏腹に、犠牲者数は膨らむ一方だ。死傷者が増えている理由は複数存在し、解決は簡単ではない。ニューヨーク・タイムズ紙は、その背景を解説している。

部隊の訓練内容が戦場の実態と大きく乖離かいりしていることが、主な要因の一つだ。韓国国防研究院の上席アナリスト、ドゥ・ジンホ氏は同紙に「北朝鮮の特殊部隊は主に、スナイパー任務、都市戦や海空からの浸透作戦、朝鮮半島の山岳地帯での作戦について訓練してきた」と説明する。一方で「ウクライナ前線のような開けた平坦な地形での戦闘や、ドローン戦、塹壕戦については、十分な訓練を積んでいない」という。

新型コロナウイルスによる混乱も、いまだ同軍に深刻な影響を及ぼしている。パンデミックで国を封鎖していた2年間、北朝鮮の特殊部隊は中国との国境警備任務に交代で従事せざるを得なかった。このため、通常の訓練機会が失われていたという。

これらに輪を掛けるように、前掲のような意思疎通の問題が存在する。韓国国家情報院によると、北朝鮮軍の派遣は極めて急を要したため、「発砲」「砲撃」「待機」といった基本的なロシアの軍事用語を学んだだけで戦場に投入された。このため、戦闘時のコミュニケーションに支障をきたしている。

ドローン対応は付け焼き刃の訓練に留まる

経験不足も問題だ。韓国在住の元北朝鮮軍軍曹、アン・チャンイル氏は、ニューヨーク・タイムズ紙に対し、「北朝鮮軍は上から下まで、数十年にわたって実戦経験がない」と指摘する。「部隊はドローン戦や歩兵戦について短期集中訓練を受けたはずだが、それをどこまで習得できたかが問題だ」としている。

一方、米外交政策シンクタンクのカーネギー財団は、最大の課題は北朝鮮軍特有の指揮系統にあるとの見方を示す。

北朝鮮軍ではクーデターの防止が最優先となっており、司令官は日常的な命令以外を単独で下すことができない。この域を超えた重要な命令となれば、政治委員と軍事警察の代表者による承認が必要だ。

複雑な指揮系統は、現場判断で改善できるものではなく、金正恩朝鮮労働党総書記の承認がなければ実現は不可能だという。こうした制度上の課題が、実戦での北朝鮮軍の作戦能力に大きな影響を及ぼす可能性があるようだ。