「学校から帰ると、ばあちゃんがちょこっと店に座っていて。僕もお菓子を袋に詰める手伝いをしていました。おぼろ饅頭って、蒸してから薄皮をツルッとはぐんです。その中のごわごわした生地をおぼろというんですが、はいだ皮の部分をおやつとして食べるのが楽しみでした」
普段は、お店で手伝いをして過ごすことが多かった。両親から「跡継ぎ」の話は一切なかったが、中高生になると、親戚や町内の人、学校の先生から「長男だし家を継ぐんでしょ」と言われるようになった。レールの上に乗せられようとしている気がして、中村さんはその言葉に反発心を抱いた。
大学から専門学校、老舗で修行の日々
高校卒業後は京都の大学に進学した。下宿しながらたくさんのアルバイトを経験した。そして3年の時に初めて和菓子店のアルバイトをすることになった。
「店に入ると、甘い香りがしたんです。このかすかな香りがわかる自分に驚きました。体に和菓子屋が染み付いていたんですね」
アルバイト先の和菓子の香りで、実家を思い出した中村さん。それを自覚した時に、店を継ぐことに迷いがなくなった。
「周りから後継について言われていましたが、自分で決めないと、いざという時に踏ん張りがきかないでしょ。でも和菓子の本場、京都に来たことも、和菓子屋のアルバイトを選んだことも、気づけば家業を継ぐ方向へ徐々に進んでいたんでしょうね」
大学4年の時に、父から東京にある菓子専門学校のパンフレットを渡された。素直に受け入れ、大学卒業後すぐ、職人を目指して上京した。
2年間で基礎を学び、卒業後は寛永2年(1625年)創業の老舗和菓子店「森八」(本店・石川県金沢市)に就職。実際の修行場所は、東京の支店に決まった。生菓子を仕込み、百貨店へ配達すること2年。そろそろ学び終えたと考え、1987年、27歳の時に伊賀の実家へ戻ることを決心した。